私には人生のなかで凄く驚いた出来事が三つある。


一つ目はクリスマスの日に自分の欲しかったものがプレゼントされたこと。今思えばサンタさんなんて架空の人物にすぎなくて、つまりは両親が私から欲しいものを直接聞き出し、それを贈ったというだけのお話なのだけれど。当時は朝起きた時に枕元にプレゼントが残され、それが毎日サンタさんにお願いしていたもので。驚いてあまりにも嬉しくて、家族全員に見せびらかした。とっても子供らしいでしょう?二つ目はお兄ちゃんが漫画家としてデビューを決めたこと。この頃になるともう自分はとっくに現実と理想の区別が出来る少女に成長していて、起こりうる出来事と起こりえない現象の区別がつくようになっていた。だから漫画家になりたいと絵空事を語る兄を夢見がちだと内心は笑っていたが、故にその夢を実現させた時には本当に驚いたものだ。もうこれ以上に驚くことはないだろうと考えていた矢先の三つ目。…うん、まあ、あれだ。つい数日前の出来事なのだけど…。その、突然お兄ちゃんと幼馴染だった芳雪くんが自宅に訪れて。随分かしこまった雰囲気で何事かと思いきや、早い話、彼らの関係を家族全員にカミングアウトする為だったらしい。


二人は恋人として付き合っている、と。


ちなみに私といえばそこで一瞬倒れて気を失って、目覚めてみれば両親が芳雪くんに土下座している最中だった。馬鹿息子が申し訳ない。どうせ千秋が芳雪くんをたぶらかしたんだろ?と、一方的に決めつけながら。


「違うって。逆だよ逆!」
「…何が逆なの?」
「たぶらかされたのは俺の方だっての!」


困ったような表情を浮かべる芳雪くんを見やれば、ぺこりと頭を下げて申し訳ありません、とご丁寧に謝罪する。両親を目の前にしても二人は手を繋いだままで、驚愕のあまり嘘でしょ?という言葉一つ発せない。直後彼らと私の両親達は、揃ってそのまま隣の家にまで挨拶しに行ったらしい。…らしいとう文言は、私が再度倒れてその現場を目撃していないという事情より。


結局二人は、同両親よりお許しを得てめでたく家族公認の仲になった。別に男同士とか同性愛に偏見があるというわけではないが、まさかこんな身近にいるとは。相手があの芳雪くんだということにも納得がいなかい。密かに淡い恋心なんていだいちゃっていた自分にとっては、なんでお兄ちゃんなのだろうと思うわけで。だって芳雪くんくらいのルックスで更に一流企業に勤めていて、しかも家事全般が一通りこなせて。そんな好条件相手なんていくらでも、それこそもっと素敵な女性だって選べただろうに。漫画を描く以外は何も出来ないお兄ちゃんを選ぶ理由が分からない。


「芳雪くんって、何でお兄ちゃんを選んだのかな〜?」
「俺もよく分からない」
「お兄ちゃんって芳雪くんのこと好きなんでしょ?何処が好きなの?」
「それもよく分からない」


当の本人が理解出来ていないものを追求したところで解決なんてするわけない。とりあえず好き、という言葉だけは否定しないあたり、先日のことは冗談ではないらしい。いや、二人とも冗談であんなことが出来るタイプの人間ではないと分かっちゃいるけれど。


「でも、よくカミングアウトする気になったよね」
「隠してもしょうがないって開き直っただけだよ」
「反対されたらどうする気だったの?」
「それでもトリと一緒にいるよ。別に反対されても関係ないから。承諾をもらいたくて言ったわけじゃなく、あれは単なる報告だし。…でも、後が大変だったけどなー」


おや?と思った。お兄ちゃんという人は、自分のことはともかく第三者を巻き込んだ決断は非常に優柔不断になる。旅行に行った時など自分の欲しいものは即決するくせに、友人へのおみやげとなると平気で数十分は悩むのだ。そのお兄ちゃんが今はふっきれたように答えてみせるのだ。だから解った。ああ、そうか、もう芳雪くんは他人ではなく、お兄ちゃんの一部なのだな、と。


夢は平屋を買って芳雪くんと一緒に暮らすこと。両家族は別として、一般的に同性愛というものは広く認められたものじゃない。もしお兄ちゃんじゃない他の誰かが同じ台詞を口にしていたら、私はきっと鼻で笑っていただろう。けれどお兄ちゃんは別だ。芳雪くんも別で、だからこの二人が一緒ならいとも簡単にその夢を叶えてしまえるように思える。


叶わないと諦めた夢は実るわけがない。買ってもいない宝くじで一攫千金が狙えるという馬鹿馬鹿しい思考回路。夢は抱かなければ叶わない。現実が見えるということは、そんなに素晴らしいことじゃないのかな、と少し反省。こういうふうに自分の考えって、案外簡単に変わるものなのね。


「ねえ、お兄ちゃん」
「何だよ」
「もしお兄ちゃんが家買ったら私も一緒に住んでいい?」
「…だ、駄目だから!絶対駄目に決まってるから!」
「冗談よ、冗談」


人生の中で驚かされたことの大部分がお兄ちゃんのことで占めているから、少しくらいは私が驚かしたっていい。昔みたいに三人で一緒にいられるわけではないけれど、これからも三人で笑いあうことは出来る。


もしかしたらお兄ちゃんの気が変わって、一緒に住もうと誘ってくれるかもしれないし。


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