近頃学校の課題だのバイトだのが連日重なって酷く疲れていた。いつも健康優良児みたいな自分も、表面ではおいそれと気づかないように平然を装っていたが、対し体は止まりかけのエンジンみたいにぷすりぷすりと歪んだ音をたてていた。好きな人を腕に抱いて眠っていたまではいいのだが、次の日言葉通り起きれなくなった。ゆさゆさと木佐さんに体をゆすられて意識は覚醒しているのだが、起き上がる気力が全く無い。

「…俺、仕事だからもう行くぞ。学校の時間まではちゃんと起きろよ」
「…はい」

日常とは立場が逆転し、少し説教じみた木佐さんの言葉。仕事の準備支度を整えて、今まさに家を出ようとする彼の姿は年季の入った社会人そのもので。何故だか妙に焦った。疲れた、その包丁でいっそ俺を刺してくれと追い詰められた台詞を言う割には、彼の口から仕事を「辞めたい」という台詞は聞かない。毎日毎日残業続きで、会社から帰れないことだって珍しくないにも関わらずだ。木佐さんだって、特に理由もなく休みたいと思うことは有るだろうに。

「何?」
「木佐さんって、何で仕事に行くんですか?」
「は?」

自分の考えの結論だけを口にしたものだから、木佐さんが訝しむような目つきでこちらを睨む。どすり、とベッドの上に彼は腰を降ろして、俺の髪をくしゃりと優しく撫でて。

「お前、相当疲れてんだな」
「…そうみたいですね」
「まあ生活をしていく為とかが無難な答えなんだろうけどさ。…お前、絶対笑うなよ?」
「何をですか?」
「好きだから、続けられるの。好きだから続けたいと思うの。ガキみたいで悪かったな!」

触れていた指先で額をピン、と叩かれる。歳の割には青臭すぎる!と真っ赤な顔をして自問自答するように何度も呟き、彼はそそくさと部屋から逃げ出してしまった。

どちらが年上なのか、それともどちらが年下なのか。木佐さんが九歳年上だと知った時はかなり驚いて、今も彼との一番の壁になっていることは間違いではないけれど。前途多難な恋も、残る温もりを自らの掌で噛みしめ笑っていられる今はきっと幸せなのだろう。

疲れたと思うこともあるだろう。苦しいと思ったことは何度だってあった。それでも俺は木佐さんの手を離さない。これからも。絶対に。

だって、木佐さんが好きだから。

今までも、未来も、この先ずっと。好きだから、続く。


大人の木佐さんに焦る雪名
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