春はあけぼの。昔々の平安時代、清少納言という有名な物書きが四季の折々で一番美しいと感じる瞬間を綴った文集が枕草子だ。春は明け方夏は夜。秋は夕暮れ、冬は朝早く。春と冬が連続して朝に限定されている訳であるが、今の時代どれだけの人間が素晴らしい時を目撃出来るのだろうか。学生時代はそれなりに時間の流れに沿って生活をしていたものだが、社会人になって、特に出版社に勤め始めて、時間通りに普通に生きることが如何に難しいかをよく実感したものだ。最近になって多忙には益々拍車がかかり、明け方日が昇ると共に目覚めたという試しがない。一つは、少女漫画編集という身に慣れない業務の所為。もう一つは、夜な夜な隣人が人を連れ込んでは好き勝手していることが理由。後者が特に大問題だ。

カーテンが開かれた窓から、中天まで昇った日光が容赦なく降り注ぐ。うつろうつろしながら手探りで目覚まし時計を探している最中、今日は休日であることに気がついた。もういいや二度寝しよう、とかろうじて開いていた瞼を閉じようとした途端、聞こえた「おい」というあからさまに不機嫌な声。続く何時まで寝てるんだという言葉に、内心誰のせいだよ、と憤慨するも、口には出さない。出す気力もない。朝食出来てるからさっさと起きて来い。命令に近い台詞を残して、彼はさっさと立ち去った。

きょろきょろと部屋を見渡す。えーと、昨日着てきた服が見当たらない。たどたどしく昨夜の記憶を思い返してみるに、間違いなくその辺に脱ぎ捨てたはずなのに。さてはあの人また勝手に洗濯したな。…まあ、別に良いけど。考えながら、ベッドの上に置かれていた明らかに一回り大きいシャツに腕を通す。まあ、もう面倒だからこれでいいか。

高野さんがソファーに座りこみながら、一人大人しくテレビを見ていた。情報源の媒体はおおよそ本か新聞のくせに珍しいとその画面を覗き込む。さて、何が彼の興味を引いたのだろうかと考えつつも、流れるは昔懐かし名曲番組。今の時期にちなんで、「春」の特集を組んでいるらしい。浮き出る歌詞に沿ってフレーズを口ずさめば、俺の存在に気づいたらしい高野さんが静かに振り向く。


「お前、その格好」
「何ですか?何か文句あるんですか?」
「…いや、別に」

全部アンタのせいですよ!と責任を追及するより先に、高野さんが折れる。別に文句を言いたいわけではないが、何となく拍子抜けする。じっとりした視線を送ってみるも、結局は無駄足に終わり。最近はこんなやりとりすら、いつものことではありますけどね。

向かい併せに座って「いただきます」と言えば、同じように高野さんも繰り返す。その様子が親を真似る子供みたいで、少し可笑しかった。

「聞いてもいいか?」
「何をですか?」
「お前さ、嫌いな奴と何度も寝んの?」
「俺がそんな人間に見えますか?」
「じゃあ、俺のこと好きなんだろ?」
「嫌いじゃありません」


見つめ合って、ふと笑って。電源が入ったままのテレビから、女の子の可愛らしい声が穏やかな空気の間に流れた。



もうすぐ春ですね。




coming soon coming spring!


彼シャツ

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