Squall.




雨が降ると不安になるのだ。




いつか、千秋が泣いたら雨が降った。

幼い頃の記憶だ。
場所は実家の近所にある神社だったか、二人遊んでいた。
かくれんぼをしていて暗い縁側の下に入り込んだ千秋をなかなか見付けられなかった俺。
初めはなかなか見付けられない俺に勝ち誇ったかの様に喜んでいたらしい千秋だったが、幼い少年は次第に心細くなり泣き始めてしまった。
そんなところにいたのかと大泣きしている千秋を引っ張り出すと、千秋と同じ様にバケツをひっくり返したかの様な雨が降り出したのだ。

それから俺は雨が降ると不安になる。

もしかしたら何処かで千秋が泣いているのではないだろうかと。

ならば梅雨どきなんかは千秋は大忙しではないか。そういう問題ではないのだ。理屈など関係なく記憶は想いを閉じ込める。




「羽鳥さん?どうしたんですか?」

「―ん?ああ、」

編集部の窓から降りしきる雨を突っ立ったまま見つめている俺に不思議そうな顔で小野寺が問い掛けた。

「何でもない。」

そう答えてデスクに戻るとケータイが光った。
サブディスプレイには「吉野」と表示されている。
何かあったのだろうかと雨に不安を煽られ開くと、届いたメールには今から少し会えないかと記されていた。
丁度昼どきだ。
ほんの少しならと返事をすると近くの喫茶店で待ち合わせた。

傘も差さずに千秋の元へ急いだ。
弾む息を整え待ち合わせ場所に着くと千秋がトリと叫びながら手を振っている。

「お前…何か、あったのか?」

「へ?」

俺の心配を他所に千秋はきょとんとした表情で何がと訊き返した。

「近く通ったから、ちょっとトリに会おうと思ってさ。」

へへっとにっこり笑う千秋に安堵と脱力感が襲う。
ああ何て取り越し苦労だ。
そうだ、雨が降っているからといって千秋が泣いているわけがないのだ。
そんなことは解っているのに。

「あ」

何?トリ。と千秋が小首を傾げた。雨が、上がっていた。

さっきまでの雨が嘘の様にからりと空は晴れている。

いつの間に空は表情を変えていたのだろう。

「早く入ろう、トリ。」

千秋がにっこりと笑う。
同じ様に、晴れた空も笑っているような気がした。

帰ったらさっさと原稿を仕上げろ。
そう呟いて千秋の頭をくしゃりと撫でた。



本当は、その笑顔を見れて嬉しくなった俺だけれど。






End.


君はいつも笑っていてくれますように―。



雨が降ると千秋が泣いているのではないかと、いつでも心配している羽鳥が凄く胸にきます。雨が止んでいつのまにか晴れになるように、泣いていた千秋はいつのまにか太陽のように笑っているんですね。同じように心を曇らせている羽鳥も、千秋と一緒に笑っている光景が目に浮かびました。本当に素敵なお話をありがとうございました!




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