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いつも通りのデッド入校を終え、仕事が終わった俺は絶対に廃人になっているであろう吉野の家に、24時間営業のスーパーで買った食材を持って行った。案の定、魂が抜けたかのようにソファの上でぐだっとしている吉野を見つけて食材を見せつけると、途端に顔色が変わり、元気になって「やっとトリの飯にありつける!」と喜ぶものだから単純というかなんというか。俺はお前の母親ではなくて一応恋人なんだけど、と思いながら深夜に料理の支度をし始めると吉野がうろちょろしてくる。「邪魔だ、しかもお前臭いから風呂入れ」というと「めんどくさい」と速攻返事が返ってくるけれど眉に皺を寄せれば、慌てたように「入ってくる」と支度をして、風呂場に行くから扱いやすい。別にそれ程怒っている訳でもないけど、身なりぐらいきちんとしていて欲しいと思う。仮にも売れている看板少女漫画家なのだ。世の中の夢見る乙女にもう少しイメージを与えてやってもいいんじゃないかと思う。

簡単な料理しか作れないけれどせめて栄養価の高い物をと思いながら調理に取りかかる。吉野と一緒に過ごせるのは昔からだけど恋人同士なんてものに、なれたなんて奇跡に近いよな、と思いながら昔の事を思い出す。

近くて、一番近い距離にいて、吉野の事は何でも知っていて。好きで好きで仕方がなかった学生時代。それは社会人になってからもしばらく続いて。そういえば高校時代にこっそりネクタイを交換したりもしたな、なんて思い出して未だに部屋の吉野がきっと見つけられない部分に隠してあるそのネクタイを思い出して少しくすりと笑う。
切ない一方だった。どんなに思っても吉野は俺の気持ちに気がついてはくれなくてあくまで親友として接してくる。だからこそ、なのかもしれないけれど頼られっぱなしで、嫌なんて全然思わなかったけれど苦しかったのは事実だ。
些細なやりとりが幸せで、些細なやりとりが胸を苦しめて。いっその事この恋心を忘れられてしまったらどんなにいいのだろうと思って居た。こんなに近くで見つめていてもただの友達。どんなに強く想っていても伝えられない。そのもどかしさ。重ねていく嘘が申し訳なくて、下心を隠して接して喜ぶ姿に嬉しくなって。気がつかれないのが安心するような、でも切なくなるような、そんな反対の気持ちをジレンマとして抱えていて。
好きだ、なんて言ったらもう二度と一緒には居られなくなると思っていた。衝動的に犯してしまった時にはもう二度と笑顔なんて見せてくれないと思っていた。だけど吉野はまだここにいる。こうして俺の事を見てくれて、側に居てくれる事を選んでくれた。それはどんな奇跡だろう。どんな形であってもいい、吉野が俺を側に居て欲しいと望んでくれるなら、俺は幸せなのだ。ずっとずっと好きだったのだから。この気持ちがお互いのものとなった今は、本当に幸せとしか言いようがない。



出来上がった食事をテーブルに載せていると、風呂から出たばかりの吉野が、髪をタオルで拭きながらこっちにやってきた。

「吉野、ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ」
「トリの夕飯食べてからちゃんと乾かすから。夕飯冷めたら勿体ないだろ?」
「わかった。でもお前、ただでさえ体調管理が上手く出来ないやつなんだから気をつけるにこしたことはないぞ。今は季節の変わり目なんだから」
「はいはいわかってるって。お前は俺の母親か」

そう言いながら吉野はテーブルについて、「いただきます」と礼儀正しく挨拶をした後にご飯に手を付ける。俺もそれに従って、椅子に座り、箸で料理に手を伸ばす。

「そういえば吉野、卒業式の事覚えているか?」
「え?あぁ、中学の時のなら鮮明に覚えている。お前ボタン取られまくって哀れな姿になっていたよな」
「そうじゃなくて高校の時の」
「え?高校…うーん、ちゃんと起きれてトリの家に向かってネクタイ閉めて貰ったのは覚えているけれど。俺にしては珍しく寝坊しなかったから」
「相変わらず自分に都合の良い事は覚えているんだな」
「で、それがどうかしたの?」
「何か変だと思った事はないか」
「別にないけど…お前あの時なんか俺にしてきた訳?」

そういって純粋に不思議そうに俺を見つめてくる吉野を見ながら、あの時の俺の恋心はばれてなかったと安心すると同時になんだか残念な気持ちになったのも事実だ。

「ネクタイ閉めた、だろ。ネクタイになんか違和感なかったか?」
「何を今更そんな話してくるんだ。別に無かったけど…あ、そういえば俺の持っていたネクタイにしては綺麗だったなぁ、と後から思った気がする」
「当たり前だ、あれ、俺のネクタイだったんだから」
「え、まじで?」
「冗談だ」
「なんだー、冗談かよ」
「というのが冗談で、ネクタイを交換したのは事実だ」
「はぁ?お前よく分からない冗談言うんだな。なんでまたそんな事したんだよ」

それを聞かれるとどう答えていいのやら。中学の時にボタンをほしがった女子生徒と同じ気持ちだったとか乙女思考すぎて言えないけれど、吉野は「ネタになるかもだから教えて」と身を乗り出して聞いてくるから気まずさを感じながら話す。

「少しでも、お前と繋がれたらな、と思ったんだよ」
「どういう意味?」
「俺がお前の事がずっとずっと好きだったとは前に言っただろ?」
「あぁ、よくこんな俺なんか好きになったなとは思うけど」

そういって顔が赤くなる吉野だから可愛いと思ってしまう。そいいう些細な仕草が愛しいとなんで気がつかないのだろう。天然という言葉を安易に使うのは忍びないが、やっぱり何処か抜けているところが可愛いのだ。たまに、ものすごく苛つかせられるけれど。

「だからお前の持ち物を持って少しでも気持ちが紛れれば、と思ってお前に手に持っていた自分の方のネクタイを巻いた」
「マジかよ。少しも気がつかなかった」
「だろうな、お前、その後飯食ってきたのに更にうちで大量の飯食っていたもんな」
「で、トリはそのネクタイ今はどうしている訳?」
「今でも家にあるぞ。実家じゃなくて俺の家に」
「はぁ?捨てろよそんなもの」
「お前から貰った物は全部取っておいてある。些細な、らくがきすらな」
「恥ずかしいだけだろ、それ」
「お前の事が好きだったんだ。まさか実るとは思ってなかった恋だから、せめて俺の思い出ぐらいにならないかなと思って、ずっと大切にしまってある」
「…今すぐ捨てろ。もう仮にも恋人なんだから、そんな事しなくても俺はトリなしじゃ生きていけないと思うから」

そう言った吉野の顔は真っ赤で。食べる事も忘れて「マジかよ」と言いながら俺の顔を困ったように見つめたり視線を空中にさまよわせたりしている。
吉野から思ってもみなかった言葉に多少驚きながらも、それでもいつ終わってしまうか分からない恋でもあるから、吉野の全てを覚えていたくてと思い、「断る。俺にとっては吉野から貰った物は宝物に等しい」と断言すると「お前って結構恥ずかしいやつなんだな」と赤面しながら言ってくる。

「好きな人から貰った物を大切にしているのが恥ずかしい?」
「だってそうだろ。もう何年前のものだよそれ。お前はよくても俺は恥ずかしいの!」
「だから言っただろ。実るとは思って居なかったらそれだけで満足しようと思って居た俺の些細な気持ちだ」
「実ったんだから捨てろ」
「断る」

そんなやりとりを繰り返して、吉野が折れた。「もういい。好きにしろよ」と言ってかきこむように飯を平らげていく。そして「美味しかった、ごちそうさま」と言って、食器をテーブルに持って行く。それに合わせて俺も食事を終え、食器を洗いにキッチンへ行くと「今日は俺が皿洗いぐらいするから」という吉野に「お前がやったら割れる」と言い切り、洗剤を付けたスポンジで皿を洗いながら「お前は髪を乾かしてろ」と言うと、大人しく引き下がった吉野は「分かった」と言い、リビングでドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かしている音が聞こえる。

二人分の少ない食器はすぐに洗い終える事が出来て、吉野の方に向かうと短い髪、しかも夕飯を食べていた時に若干乾いてしまったようで、ドライヤーを切ってソファに横たわる吉野がいた。

「おい、寝るならベッドにしろ」
「寝てない。ちょっとだらけているだけ」
「お前な…」
「っていうか思ったんだけどトリ、本当に俺のネクタイとか色々持っているの?」
「俺の部屋の何処かに隠してあるからまた探せばいいぞ」

絶対に見つからないだろうけれど、と思いながら言うと「宝探しみたいでわくわくするな」と妙にきらきらと瞳を輝かせた吉野に「お前はガキか」というとふくれっ面になる。これが子供っぽい理由なんだよな、もういい年しているのに童顔という事もあってまだまだ若く見れるけれどそろそろ落ち着きも欲しいところだ、と思い、俺はこいつの母親かよという自分で自分につっこみを入れてしまいそうになりながら、横になってうつらうつらとする吉野を起こす。

「ほら寝かけている。ベッド行け」
「うートリが連れて行って」
「それは誘っているのか?」
「ば、馬鹿じゃねぇの?」

そう言うと途端に起き上がってまた顔を赤くする。そんな所も可愛い、と思いながら、「冗談だ、俺も疲れているから今晩は無理そうだからまた次回な」というと真っ赤な顔で俯く吉野。

「ほら千秋、ベッド行くぞ」
「トリも一緒に寝るの?」
「あぁ、明日は仕事が休みだから泊まっていくつもりだったが、都合悪かったか?」
「別に悪くない。トリと寝ると安心するし」

そう言って起き上がった千秋は俺を見上げながら「だから一緒に寝て?」と言ってくる。

「悪い、千秋。前言撤回だ。誘ってきたのはお前だからな」
「へ?どういう事?」
「つまりこういう事だ」

そう言って強引に口づけをすると吉野が驚いた表情をして固まる。

「トリのばか。発情期」
「なんとでも言え。お前に触るのも久しぶりだから止まらなくなりそうだ」
「もう信じらんない」

そう言いながらも吉野も悪い気はしないようで俺の手をぎゅっと握ってくる。その手を握りしめながら二人で寝室に向かった。
















the image song by こんなに近くで... (Crystal Kay )
++++
ずっと近くに居たいから気付かれたくなかったのだけど、ずっと近くにいたのに気持ちに気付かれなかったのが寂しくもあり…そんな羽鳥のジレンマに胸がきゅうっとします。
千秋のものを未だにこっそり持ってる羽鳥がいじらしくて可愛いです。どんな物を取り揃えているのか、是非とも詳細を伺いたいです(笑)
もも様、有り難う御座います!





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