『世界一初恋〜吉野千秋の場合4〜』本編後の妄想もしも話



『俺さ、将来平屋買って漫画読んでごろごろするのが夢なんだー』

『そんな家買ってどーするんだ。お前ひとりじゃ維持出来ないだろう』

『だーかーら、トリが一緒なら大丈夫なんだって!ずっと一緒にいるんだし、全部トリに任せる』

『全部ってお前な……』

『うわー、マジでそーなったらいーなー。冬とか寒いしコタツで漫画読めたら幸せだなー』

『待て。コタツは絶対に駄目だ』

『えー!何でだよ!』

『コタツなんかあったら何もしないどころか動かなくなるだろう』

『そ、それは……』

『そんなことになったら俺にも構わなくなるかもしれないからな。それだけはごめんだ』
『な、何言ってんだよ!』

『でも、そうだな。そんな暮らしもお前となら悪くない。お前とならどこでもいい。何でもしてやる。約束だ。忘れるなよ』

『………そんなの、当たり前だろ!』





吉野を抱き締めようとした瞬間、ゆらりと景色が揺れて意識が浮上する。覚醒しつつある思考が現実に引き戻されて、全て夢だったことを知った。



「………ん?」



ゆっくりと息を吐きながら重い瞼を開けると、俺を待っていたのは予期せぬ光景。



「俺はなんでこんな状態なんだ?」



視線の先には見上げる形で吉野の寝顔。しかもベットの上で目覚めた時とは明らかに感触も視界も違っている。自分の置かれている状況を確認してみると、ここはリビングのソファーで俺は吉野に膝枕をされている体勢になっていた。
もしやまだ夢を見ているのかと腕を伸ばして吉野の髪に触れてみるが、その感触は確かに現実味を帯びている。
この夢かと錯覚しそうになる現状に疑問を抱きながら、昨夜のことを思い出してみた。
確か、会社帰りにいつものように吉野の家に来てみると用意されていたのは大量のビール。言い訳がましい理由を後目に、どうせまた何か下らないことを企んでいるんだろうと考えながらとりあえず飲んで……その後の記憶がない。
一体、何があったんだ?



「それにしても、よく寝ているな」



視界の端で時計を見ると、飲み始めた時刻から随分と時間が経過している。どうやらその間ずっとこの体勢を維持していたらしい。吉野も俺を膝に乗せたままでは動けなかったんだろう。
痛みを感じたりはしていないのか。座ったままの状態で寝ているのだから疲れているかもしれない。それならばすぐにでも吉野を起こしてベットに移動させて寝かせた方がいい。
起き上がらなければと思っても下から見上げる寝顔は新鮮で、離れがたい。少しでも長く眺めていたいという欲求に駆られる。



「せっかくだ、あと5分我慢してもらうか」

「……んー、トリ……」

「吉野?起きたのか?」

「……コタツは、譲らないから……な」

「なんだ、寝言か。……コタツ?」



このセリフは、ついさっきまで見ていた夢と似通っている。コタツという言葉も聞き覚えがある。こいつは一体どんな夢を見ているのか。



あの夢は、俺の願いが見せたものだと思う。
俺は昔からどんなことがあろうと、ずっと吉野の隣にいたいと望んでいた。恋人でなければ、好きだと告白しなかったなら、幼馴染みとしての関係ででも。友人としてでも、担当編集者としてでも、何でも良かった。何かしらの繋がりを維持して、何らかの形で。近くて遠い距離で吉野と接していくつもりだった。
そうなるはずだったのに、今はそれ以上の関係で、考えていた以上の未来がある。吉野の未来の一部に俺がいる。
一番大切で愛しい人間が、自分を好きだと言ってくれる。望んでくれる。必要としてくれる。
こんなに幸せなことはない。
もし一緒に平屋に住んだら、甘やかしてはいけないと思っていても結局世話を焼いてしまうんだろう。
これも惚れた弱味か。
それでも、これだけは譲れない。



「コタツだけは駄目だ。どんなことをしてでも置かないからな」



俺の言葉に反論するかのように、吉野は一瞬で目を覚ました。どれだけコタツを置きたいんだ、お前は。



「……あれ、ここは?」

「起きたか、吉野」

「トリ?……っ!」

「どうした?」

「頭!頭おろせ!」



この状況が恥ずかしいのか、真っ赤になりながら俺の頭を無理やりどけようとしてくる。



「おい、危ないだろ」

「あ、ごめん………ってそうじゃなくて!」

「吉野」

「なっ、なんだよ?」

「将来のお前の隣に俺を置け。約束だ」

「何回も恥ずかしいこと言うな!……って、トリ酔っ払ってて覚えてないんじゃねーの?」

「は?何のことだ?」

「な、何って、だから、寝落ちする前に同じこと言ってたじゃん」

「そう、なのか?あれは夢だったと思うんだが」

「いや、確かに俺に言ってたし」



夢か現実かあやふやで、その境目で交わしたらしい会話。
はっきりと分かるのは結局俺は夢の中でも現実でも吉野の隣が欲しいということだ。
吉野千秋という人間の側は譲れない俺の場所で、それは昔も今も変わらない。
人間という生き物の欲は深く際限を知らないものだ。そしてそれを象徴するかのように、俺自身も吉野の気持ちと恋人という肩書きでは足りないと思っているのかもしれない。
例えば、時間や思い出のように過去も現在も二人で共有するものと、そこから続く未来へと繋がる約束や証が欲しいと望んでしまっている。
俺は恐らく吉野に関することに対しては貪欲で、今後も譲れない。
この先、呆れることも、嫉妬することも、腹が立つこともあるだろう。吉野の行動や言葉で嬉しくなることもあるだろう。もちろん喧嘩もすると思う。
それを何度も繰り返しながら、吉野と歩いていけたなら。



「なんつーかさ、トリはもっと我が儘になってもいいと思う」

「なんだ、突然」

「いや、何となくそー思ったから。我が儘言わないし欲張らないし。トリは真面目過ぎる。それに、」

「それに?」

「それに、こ、恋人なんだから!少しは俺に甘えればいいだろ!」

「……お前は時々俺の気持ちが見えるんじゃないかと思うぐらい鋭いな」

「へ?」

「吉野、膝は大丈夫か?」

「膝?」

「痛くなっていないかと思ったんだが」

「えーと、うん、そんなに……って、今の嘘!すっげー痛い!」

「おい、分かりやすい嘘をつくな。大丈夫そうなら、もう少しだけこのままでもいいか?」「……まぁ、少しだけなら」



顔を赤らめる吉野の後頭部に手を回して引き寄せて、キスをした。
吉野が平屋を購入するまでにはまだ時間はある。
コタツの件は追々考えることにして、ひとまず保留にしておこう。
その未来に辿り着いた時、俺と吉野のどちらが折れているのか。結論が出るまで議論するのは目に見えているが、そんな時間も悪くない。





諦めましたよどう諦めた
諦め切れぬと諦めた






「千秋、いい加減にコタツから出ろと何度言わせる気だ」

「えー、トリも入ってゆっくりすればいいじゃん」

「馬鹿言うな。今から夕飯の買い物と掃除だ」

「そんなの後でいいだろー」

「なんだ、そんなに構って欲しいのか?」

「……!」



この会話を交わすのは、そう遠くないであろう未来の話。



都々逸選択式お題(fisika様より)


最初の会話は羽鳥にとっての夢だったけれど、ラストの会話では二人の未来の一コマが描かれていて、羽鳥の「隣にいたい」という願いはきっと叶えられるのだろうなと思うと、嬉しくなりました。
落ち着いている羽鳥と対照的に、照れている千秋に萌えました。千秋の膝の上から寝顔をじっくり見れる羽鳥が羨ましくて嫉妬します(笑)
素敵なお話有り難う御座いました!






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