2.近すぎて見えなかった


 『灯台もと暗し』とはよく云ったものだ。



 そもそも灯台とは何なのか。
 これは、海岸を照らしている灯台のこと
 ではない。
 昔のそれこそ電気機器がなかった時代に
 部屋を明るくするために使われていた、
 灯明台と呼ばれるものの事である。
 火を灯して置く少し高い台で、周りを明
 るく照らしてくれるにも関わらず、この
 台の真下は暗くて何も見えないことから
 灯台もと暗しという言葉が出来たそうだ。
 恥ずかしながらこの歳になるまで知らな
 かった。



 何故この言葉の意味を知る事になったの
 かと云うと、担当作家でもあり恋人でも
 ある吉野が今度『幼馴染』をテーマにし
 たストーリーにしたいと云ってきたから
 だ。
 そして何か幼馴染ネタに使えそうな言葉
 はないのか、と訊ねてきたので資料を集
 めていた所間違いに気付いたという訳だ。



 とりあえず関係のありそうな言葉や資料
 を大量に吉野に持っていく。
 今日は日にち的にネームを練っている段
 階であろう。
 そうこう考えているうちに吉野の家に着
 き、持っていた鍵で解錠する。



 「あー、トリ」

 「ネームの進み具合はどうだ?」

 「構成は出来てきた」

 「…そうか。とりあえず頼まれていた資
 料を持ってきたから目を通しておいてく
 れ。俺は夕飯の準備をする」

 「トリさんきゅーな」



 吉野が俺が沢山持ってきた資料を漁る。
 ちらりと吉野を見ると、それはいつにな
 く真剣な表情で、ちゃんとしたプロの作
 家なのだと改めて感じさせられる。
 そんな奴だからこそ、いい仕事をしてや
 りたい、そう思うのだ。
 俺は仕事モードの吉野を横目に夕飯の準
 備に取り掛かった。



 ――――――――――…



 「吉野、夕飯出来たぞ」

 「わーい!あ、そうだトリ。これ使いた
 い」

 「どれだ?」



 たかが夕飯で喜んでいた吉野が、さっき
 の資料で何かを見つけたらしく、机の上
 に散らかっている紙の一枚を指差す。



 「これ……」



 吉野の指先にあったのは、俺の印象にも
 残っていた『灯台もと暗し』の部分。



 「俺ずっと海にあるやつだと思ってた、
 トリ知ってた?」

 「…いや、これを見るまで俺もそう思っ
 ていた」



 吉野が無邪気に問い掛けてきたので、俺
 は正直に答える。
 すると吉野は自分が訊いてきたクセに、
 俺が知らなかった事が意外だったのか
 元々大きい瞳を更に開いていた。



 「そんなに珍しいか?」

 「いや、トリでも知らねー事なんてある
 んだなーって思ってさ」

 「…まあ俺だって人間だからな」



 そう云うと吉野は納得したようで、うん
 うんと頷いていた。
 (それはそれで複雑だが。)
 すると吉野はそんな俺の思いを知る筈も
 なく、唐突に口を開いた。




 「…俺って、『灯台もと暗し』じゃね?」

 「……なんだそれ」



 絶対使い方間違ってるだろ。
 …とは云わず、とりあえず訊いてみよう
 と思う。



 「俺って昔からトリの事は大体判るけど
 自分の気持ちってよく判ってねーなって
 思うんだけど」

 「……うん」

 「近すぎて見えなかったんだと思う」

 「…そうか」



 そこまで云うと吉野はいきなり黙った。
 俺がどうした、と口を開こうとした時、
 吉野が顔を赤く染めながら、何で分から
 ないんだと云わんばかりに叫ぶ。



 「…ああもう! 俺が云いたいのは!


 …案外俺も気付いてなかっただけでさ、
 昔からトリの事好きだったんじゃ…っ!」



 俺は吉野が最後まで云い終わる前に言葉
 を遮って抱き締める。
 吉野はとことん甘い空気が苦手だから俺
 の中から逃れようとするけれど離さない。



 「と、トリ……?」

 「千秋……それ反則だよ」

 「…へ?」

 「………」



 何の事なのかまるで判っていない吉野に
 呆れたくもなるけれど、それでも多分、
 今の俺は誰が見ても表情が緩みきってい
 るであろう。
 吉野にそんなだらしない姿を見られたく
 なくて吉野の肩に顔を埋める。



 昔からずっとこいつに片想いをしてきて
 こんな恋やめてしまいたい、そう思った
 事だって数えきれないくらいある。
 けれど吉野からのそんな言葉だけで、
 ああ、俺はこいつを好きでいられてよか
 ったなんて思えてしまうのだから、結構
 俺は単純だ。



 「千秋…大好きだ」



 今も昔もこれからも、
 お前が大好きなんだ。


 「…俺もトリ大好きだよ」



 抱き合っているせいで、お互いの顔を
 見ることは出来ないけれど、俺も吉野も
 きっと顔を真っ赤に染めながら
 幸せそうに笑っているのだろう。



ラストの幸せ一杯で笑う二人に、読んでいてこちらも頬が緩んでしまいました。抱き合っているから、お互いに照れている顔が見えないという二人がとても可愛くて。
千秋の言葉に嬉しくなってしまう羽鳥も可愛くて仕方ないです。
素敵なお話有り難う御座いました!





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