例の「何でも云うことを聞く券」のお話。
※自サイトに掲載予定のR-18の後日談です…、ですので『情事後』の設定です…。
目が覚めると、夕刻近く。
隣は蛻(もぬけ)の殻で、ぬくもりもない。
その代わりに、少し開けた扉の向こうからいい匂いがする。
身体についていたはずの、諸々はキレイにふき取られていて…。
ただ、腰に残ったダルさで、今朝の情事が事実だったとわかる。
そんな重い身体を引きづってリビングに行けば、イイ匂いは濃さを増す。
「おはよ、トリ…」
「おはようって時間じゃないが…」
エプロン姿が板に付く恋人。
「トリのせいだろ…こんな時間になったの」
「まぁ、そうかもな…。
すまん」
今日はヤケに素直な反応。
「身体、大丈夫か?」
「だ、大丈夫…」
心配されるのはありがたいが、やっぱり思い出してしまって恥ずかしい。
「もう出来るから、顔洗ってこい」
「あっ、うん」
「カラダ、気持ち悪いなら、先に風呂入ってこい」
その一言に、濃密だった時間がふと脳裏に蘇る。
「顔、赤いぞ!」
「バ、バカトリ!」
“バタン!”
掛け込んだ洗面所の扉に背を預けて、ドキドキと拍音のする身体を抱きしめる。
「はぁ…」
出るのは溜息ばかり…。
(洗面所の扉、”バンっ!”って閉めたの、後で怒られるかな…)
鏡に映った顔は、やっぱり赤かった。
***
「そ、その……ゴメン」
最後に"ズズ"っと味噌汁を啜り、箸を置く。
すると、先に食い終わった恋人が、申し訳なさそうに眼を伏せていた。
「なにがだ?」
「怒った?」
「??」
(さっき、洗面所の扉をバタンと閉めたことか?)
「"バタン"か?」
「それもだけど…。
その…先に寝て」
「え?」
「きのう…」
『そんなこと…』と思ったが、気にしてくれてちょっと嬉しい。
「別に、気にするな」
「気にするよ…」
「それとも、なにか詫びでもしくれるのか?」
…冗談。
こうして一緒に居てくれるだけでいい。
でも、何故に赤面?
「詫びって…あ、でも、朝、その」
「ヤったのが、”お詫び”?」
「ヤ、ヤったとか、いうな!」
「熨斗(のし)なんて付いてなかった気がするが…」
「の、のしって…」
確かに、久々にヤった感はあるからな。
『お詫び』…に、なるのか?
「”お詫び”って言う割に、お前も気持ち良かったんだろ?」
「えっ、あっ、それは、そのなんていうか」
こうして、口籠って、赤くなる。
隠しきれないなら、吐露(とろ)すればいいのに…。
「あれはウソか?
なら、もう一回してやろうか?」
「!!!いい、それはいい!」
「その『いい』は肯定の意味と捉えていいのか?」
変な電話勧誘に引っ掛かかるぞ。
「ち、ちがう!ちがう!そ、その…よかった、から…」
「そりゃ、よかった」
本当に、何も要らない。
「いいよ、もう十分だ」
欲しいものなんてないよ…もう。
……。
いや、嘘だ。
欲しいものがないなんて…。
お前の全部が欲しい。
でも、『お前のこの後の人生を全部俺にくれ…』
…なんて言えないだろ…。
「なんか、むかつく」
頬を膨らませたお前が可愛くて仕方ない。
「なんか、むかつくってなにがだ?」
「なんか俺の気がすまない!」
「朝のでイイよ。
『気持いい』だの『入れて』だの言ってく―――」
「むあぁぁぁ!
言うなぁ!!エロトリ!!」
そうやって、ワーワー言って、耳を塞ぐ。
相変わらず慣れないな、こいつ。
「と、とにかく何か言え!
何か欲しい物ないか?
何でも買ってやる!」
「んー、そうだな…」
「なんだ?
何が欲しい?」
「やっぱりないなぁ…」
お前以外、別に興味なんてない。
「お前には物欲ってもんがないのか?」
「物欲…お前に対しての、せい―――」
「わ、わかった!それ以上は言うな!」
ゆでダコか、こいつ…
「よし!トリ、紙くれ!
紙!一枚!」
「紙?何でも良いのか?」
「おう」
「ちょっと待ってろ」
プリンタにセットしてあったコピー用紙を一枚やる。
ペンを持った手が、フリーで線を引いて行く。
単なる線なのに、コイツが引くと動きだしそうに見えるから不思議だ。
「『肩たたき券』だけはやめてくれよ」
「へ?」
やっぱり…。
引かれた線は五本。
縦に一本、横に四本。
そんなもの、10枚綴りの『肩たたき券』と昔から相場が決まっている。
「なんでだよ」
「お前のマッサージは揉み返しが酷い」
「そうだったけ?」
「前に柳瀬が言っていた」
あの時だけは、俺じゃなくて柳瀬でよかったと思ってしまった…。
「んじゃ」
「『飯作ってやる券』とか『お手伝い券』もやめてくれ」
「なんでだよ!」
「後片付けや後始末をするのは誰だ?」
「…ぐっ…」
まごう事なき事実だ。
でも、こうして俺の事だけを考えてくれるだけで十分だ。
「じゃ!」
次は何だ?
ん?
はは〜ん、そう来たか…。
「『何でも云うことを聞く券』!
これなら良いだろ?」
「本当になんでもいいのか?」
「良いぞ!
…あっ、でも―――」
「わかってる、皆まで言うな。
仕事では使わない」
「よかった…」
当たり前だ。
それで締切りを守るなら、毎年、誕生日に託(かこつ)けてせがんでいる。
に、しても、何か足りない…何だ…。
……。
あっ!そうか…。
「なぁ、吉野」
「なんだ?」
「これ、有効期限とかあるのか?」
普通なら来年の誕生日までか…。
まさか、半年とかはないよな?
「ん〜特にないけど…。
まっ、いいじゃん、ずっと一緒なんだし…。
うん!“無期限有効”だな!」
……。
ほら、また。
そうして期待させる…。
ああ、無意識って罪だ…。
※
あの「なんでも云うことを聞く券」が出て来て、嬉しくなりました。千秋が手書きで券を作ってあげる場面に、思わずニヤニヤしてしまいます。
ずっと一緒なんだから有効期限はいらないという千秋に、嬉しくなってしまう羽鳥が、トリチアらしくて可愛くて。さり気なくエロい羽鳥も大好きです(笑)
素敵なお話を有り難う御座いました!
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