不確定未来(4、約束の有効期限)

視えない未来というものは、その不確かさ故に避けたくなるものである。

少女漫画家である自分の物語の構成方法は、まず最初に結末を考えるというところから始まる。最終話、若しくは一番最後のシーンどう描くか。手始めはそれだ。普通の感覚なら、格好いい少年と可愛い少女がどうやって出会い、どうやって恋に堕ち、いかにハッピーエンドを迎えるか。そういった手順で各エピソードを繋げていくが、自分の場合はその順序が全く逆になる。目的のエンディングに向かう為に、どのエピソードを要素として含めていくか。どの瞬間で恋を自覚するか、最初のお話はどうするのか。そうやって未来から過去へと遡る。

どちらの描き方が正しいというわけでもなく、一方が間違っているというわけでもない。完成さえさせてしまえば、結果的には共に同じ。唯一異なる点があるのだとすれば、ただ描きたいという理由で飛び出してしまうと、終着点の視えない話は途中で潰える可能性が高いということだけ。

飛行機などで例えてみれば分かりやすいのかもしれない。目一杯の燃料を積んで、勢いよく離陸したとしても、目的地が定まらない飛行ほど無意味なものはない。それはゴールの無いマラソンと同じこと。走るとするならばその体力を、飛ぶとするならその燃料を。無駄な行為を続ければ続ける程、その力はいずれ尽き果て、あとは墜落するのをただ待つだけ。だから、その結果きっと後悔するのだろう。何故自分は、終点を決めなかったのだろう、と。或いは、何故飛び立ってしまったのだろう、と。最初に踏み出したこと、それすらも。

いつの頃だったか、トリと「いつまでも親友でいような」という約束をした記憶がある。本当に幼かった頃。友情色の濃いアニメを見て、それに感化された故だと思う。当時は今ほど仏頂面では無かった彼と、お互いにはにかんだ笑みを浮かべて指切りをした、あの日。

約束というのは、片方がそれを放棄してしまえば簡単に破れてしまうこと。その時はまだ知らなかったのだ。

将来の夢は、少女漫画家になることだった。だから逆算して、少女漫画家になるためには、何をすべきか考え、それを実行してきた。夢を叶えた今、目の前の仕事に追われすぎて、その次の夢というものを作ることすら出来なくなってしまった。


ただ、漠然と。それでも誰か自分でも良いという人と結婚して。幸せな家庭を築きあげていくのだと無意識に信じていた。傍らに、たった一人の幼馴染の親友を置きながら。

と考えると自分という人間は、案外現実主義なのかもしれない。飛び立つこともなく、走りだすこともなく。地に足をつけて、踏みしめるように慎重に慎重に歩いていく。人生のゴールというものを決めて確実に歩を進める自分とは裏腹に、トリは昔の約束など既に捨てて。その名の通りに、遥か上空を舞っていたことすら気づかずに。



トリは、どうして飛び立ってしまったのか。



何故、俺のことなんかを好きになってしまったのか。



彼にはきっと目的地なんて無かった。終点なんか見えなかった。俺と共に在るという将来すら想像出来なかった。叶わぬと信じきった恋を抱いて、空を泳いで。想えば想うほど擦り切れていく心に、いつかは墜落してしまうと、分かっていたはずなのに。


それなのに、飛んだ。


空高く風を切る彼には、ゆったりと我が道を歩く自分というものはどういうふうに見えていたのだろう。道を外れることのない賢者のように見えたのか。それとも石橋を叩いて渡る臆病者に見えたのか。いや、もしかしたら、そもそも彼は何も見ないようにするために、俺から離れていこうとしたのかもしれない。

窓の外に飛ぶ、白い鳥をただ静かに見つめていた。風邪を引くぞ、と背後から声をかけられる。汗ばんだ皮膚に直に触れる毛布が、ちくりと肌を刺した。トリ、とねだるように愛称を呼べば、優しく撫でられる髪。その心地良さに、くすりと一つ笑みを落とした。

あの時に、もし自分が。トリが俺を想うあまりに離れていこうとした瞬間に、彼を引き留めなかったのなら。きっと俺はその後もずっと、一人その大地を踏みしめて歩んでいたのだろう。そうやって歩き続けて、いつか傷つき堕ちてくるトリを待っていても良かったのかもしれない。その亡骸を胸に、俺は俺の歩く道を行けばよかったのかもしれない。けれど、最終的に同じように飛び立つことを決めたのは自分だった。彼が何を考えて、何故飛び立ったのか知りたい。トリが何を見て、何が見えなかったのかを知りたい。単なる好奇心とは違う感情が芽生えたのは、全てを諦めたようなトリの笑顔を目にした時。

自分が傷つくかどうかなんて知らない。けれどトリが傷つくのは、我慢できない。俺にとってそれは、飛び立つには十分すぎる理由だった。


たとえ二人で羽ばたいても何の意味もないかもしれない。いつしか力尽きて、命絶えてしまうのかもしれない。このまま男同士で付き合っても、その果てに何があるのか、どうしたいのかも全く持ってさっぱり分からないし、それを想像することすら出来ない。



けれど、この温かな掌を引き留めたこと。後悔なんてしていない。



ずっと一緒にいれますように、とお互いに繋いだ小指。未来は視えない。けれどこの約束を二度と破ることがないこと。破られることがないこと。



不確かさの中にある、たった一つの、確かなこと。



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