「だって木佐さんだから」

例えば情事の終わりにそんなことを尋ねてみても、雪名の答えはいつだって同じだ。雪名が自分に告げる言葉に嘘偽りなんてないことを知っていたとしても、分かっていても納得できないことだってある。それは自分でも考えるだけ無駄だと言い聞かせている嫉妬にも似た感情。生み出すことすら無意味だというのに、奴等は勝手に心に湧き出ててはいつの間にか感情を支配しているのだ。悪魔の囁きが脳内に直接響き渡り、きっとアドレナリンとかなんとか、呼吸が苦しくなったり、涙が出そうになったり、不安になったり、体をそういうふうに変化させる、そういう物質を作り出しているに違いない。



不安になる心に対抗するために必要なのは雪名の言葉。



本当に俺のことを好き?言い出せない言葉の代わりに尋ねるは、何で俺を選んだのかという疑問。雪名からの回答は、いつだって上記の台詞。自分に対して、未だに自信というものがさっぱりつかない現状は変わらないのに、あんまりはっきりと言うものだから、それ以上何も聞けずにただ唇を頑なに結ぶばかりだ。多分、雪名が自分のことを好きかどうかで言えば、それはイエスなのだろう。じゃあ、自分の何処がよかったんだ?と考えて色々例を挙げてみても、答えはノーばかり。自己否定と自己嫌悪の連続。



そんな中、夢を見た。



なあんにもない、からっぽの部屋だった。白い壁に白い天井。白い床に着ている服ですら白い服。それを呆然と眺めて、せめてソファーがあれば立ってなくて楽なのに、と考えれば、ぽん!と目の前にまるで魔法みたいに巨大なソファーが現れた。ラッキーと思いつつ腰を降ろせば、あの優しい肌触りの柔らかな感触はなく、それは硬く冷たかった。当たり前だ、それは布地なんかで出来てなく、石膏で創りあげたものだったから。

甘いお菓子が食べたいと思えば、ケーキが出てくる。けれどそれを口にすれば甘くなくしょっぱい。暇だからテレビを見たいと思えば、窓の外の風景をただ映し出す使えない機械が現れる。音楽を聞きたいと思えば、鳴らないオルゴールが。寒いからヒーターが欲しいと呟けば、冷風しか吹きださないそれが。

そんな偽物ばかりが現れる中、雪名に会いたいと願えば、本人と微塵も変わらないその面影が目の前に立っていた。



木佐さん、好き。



呼ぶ声は本物。浮かべる笑顔だって本物。顔だって自分の理想そのものだし、抱き締める体温や重ねる唇だって全部同じ。なのに、違った。ああ、これは雪名じゃないと気づいた。いくら姿形が同じでも、その顔が好きでも。もう俺が好きなのは、この雪名ではないのだ。

理屈なんて分かりやしないけれど、俺にはあの雪名じゃなければ駄目みたい。何でかって聞かれても、理由を見つけるのは難しいけれど。例えば言葉にするのなら、それは。だって、俺は、俺が好きなのは、あの、



「雪名だから」



なんだ。答えは最初からここにあったのだと知った時、無意識に溢れたのは涙。あわあわとして木佐さん!どっか具合でも悪いんですか?と尋ねる本物の雪名に、指先で涙を拭いながら告げた。お前、本当に俺が好きなんだな。答えは、今更何を言ってるんですか、という囁きだった。


最初から、そう聞けば良かった。


9、身代わり(王道10題)ゆききさ祭作品
11.12.2


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