ご長寿大国日本。世界一と称賛されるその平均寿命は、未だぐんぐんと伸びているらしい。人の人生五十年と残した某戦国武士の時代から、三十年も日本人の活動期間は増加した。三十年。くしくも自分が産まれてから現時点の時間の経過にそれは等しい。この命が尽きるのは、平均的にあと五十年後のこと。そんな果てしない数値に夢や希望を見出せるわけもなく、ああ、あと五十年も生きなければならないのか、というのが率直な俺の感想だ。

テレビの中から、今年流行の歌が聞こえてきた。こたつの中に足をすべりこませながら、なんとなはしにそれを見つめる。画面の隅に白く象られた数字。今年もあと十五分で終了。三十歳になる自分は、三十回はこの瞬間に立ち会っているはずなのに、思い返せばその記憶は大分曖昧だ。幼少期の頃を差し引いても、思い出せるのはせいぜい去年の年末。しかもカウントダウンも見取らずに、ぐっすり眠っていたという現実だ。

新しい年というものに、高揚する気持ちになるのはよく分かる。物事の始まりとは、常に人の心を浮き立たせるものだ。新しい月日の中に、新しい自分という可能性を見出せる気がして。いや、実際は日付が変わったところで、人の性格が急激に変化するもんじゃないんだけどね。今日この日に大晦日という「特別」さを与えたのは人で、それなのに自分達の創りあげた「特別」さにちなんで、自分も「特別」になろうとするのはどういう了見なのだろう、と少し疑問に思う。

悶々と考えているうちに、目の前にどんぶりが一つ置かれた。ほかほかとした湯気を上げているそれの中身は、所謂年越し蕎麦。対面のもう一つそれが固定される。雪名が、お待たせしました、と告げながら腰を降ろした。

「年越し蕎麦とか食べるのって、俺久しぶりかも」
「えーそうなんですかー?俺は毎年食ってますけど」

二人で両手を併せていただきます、と挨拶をしてから箸を取った。ずず、と音を立てながら蕎麦を口の中に入れる。うん、硬い。こいつ十割蕎麦買ってきやがったな。毎度毎度思うんだけれども、深夜の激辛カレーといい噛み応えのある蕎麦といい、もう少し俺の年を考えろよなと横目で雪名を睨む。視線に気づかない雪名は、美味しいですね、と呑気に語りかけてくる。その笑顔に負けて、うっかり、うん、そーだな、とか言ってしまう俺。

「これで、二人とも長生き出来ますね」
「俺はそんなに長く生きなくても別にいいけどね」
「駄目です。木佐さんには特に長生きしてもらわないと」
「何で」
「木佐さんと、ずっと一緒にいたいからです」

それ、冗談とかじゃないんですよね、本気なんですよね。不意打ちのようににっこりとした笑顔つきでそんなことを言われたら、勿論恥ずかしいに決まっている。十割蕎麦にしたのは、その方が図太く元気に生きられそうだから、という声を耳にいれつつ、黙々と蕎麦を啜るのは赤くなった顔を隠すため。

「木佐さん、お茶でも飲みます?」
「飲みたいけど、あったかいものにあったかい飲み物は嫌だな」
「じゃあ冷たい麦茶でも用意しましょうか。夏に残ったのが何処かにあったはず」
「あ、あそこだ。あの棚の中」

二人でキッチンへと向かって、棚の奥に潜む麦茶を探り当て。テレビの前に二人で戻ると、とっくに日付が変わっていた。なんとも間抜けな新年の幕開け。思わず雪名と顔を見合わせて笑ってしまった。

雪名という人間に「特別」さを与えたのが自分だというのなら、俺もまた雪名にとって「特別」な人になりたい。そうありたい。今までも、そしてこれからも。新年という日に特別さを探す人間と全く変わらない発想に、ああ、おれも人だったと思い当たる。

時間が経過したにもかかわらず、どんぶりの中の蕎麦は相変わらず硬い。ぶつりと歯でそれを食いちぎりながら、思う。これで、少しは寿命が縮んだかな?と。雪名の心遣いを全く無視しながら、ゆっくりとそれを咀嚼した。

短くなった寿命は、せいぜい九年。

五十年も四十一年もそれほど相違がないような気がするけれど、お前が隣にいるのといないのじゃあ、中身がまるで違う。こうして穏やかな時を、二人で過ごす日々が当たり前に続けばいい。あと、最低四十一年くらいは。

俺だって、ずっとお前と一緒に居たいさ。


はじまりも、その終わりも。







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