聞けば、そのサンタの少女は迷子だという。

俺と同じように待ち合わせに向かう中、小野寺が見つけた一人雑踏に紛れた少女。最初のうちは、近くに親が居るんだなとばかり思って、すたすたと彼は通りすぎたらしい。けれど何故だが無性に気になって、一度来た道を戻ってみれば、人の流れの中今だぽつんと一人佇む少女の姿を見つけ、迷子であることを確信し。サンタクロースの格好は、親の趣味というか、何かのイベントに参加する途中ではぐれたのかも知れない、と小野寺は言った。

微妙な待ち時間はこの為に発生したのは明らかだが、その後は二人で少女の親探しタイムだ。場所がまだ屋内なら、迷子センターに送り届ければそれでいいだろうが、なんせ今は屋外だ。こんなところに管轄を置くものなんて、交番ぐらいしか思いつかない。けれど、それは小野寺が嫌がったのだ。折角のクリスマスに、この少女をたった一人であんな場所に放り込むわけにはいかない。この日をたった一瞬でも交番で過ごすのなんて、絶対嫌です、と。別にお前自身を交番にぶち込むって言ってるわけじゃないのに。馬鹿だろこいつ。

けれど、砂漠の中で水を探すように途方もない懸命な検索の終焉は、割とあっさりとしたものだった。少女の名前を二人で呼び、その直後に現れた二人。微笑みを極上の笑みへと一瞬変えて、そのまますぐに泣き出した少女。ああ、良かったと少し前の小野寺と同じような言葉を、俺も繰り返して、クリスマスの短い珍事は事無きを得た。

「俺はてっきり、この子は俺とお前の子供です、とでも言うのかと思った」
「…高野さん、その支離滅裂な発想はどうやってその頭の中で生まれるんですか?」
「少女漫画編集長的な」
「どっちかっていうと、昼ドラ的展開ですよね。それ」

人の流れを追うように、歩きながら二人で交し合う言葉。ようやく訪れた安寧に胸を撫で下ろす。乱れた小野寺の前髪を指先で整えてやると、それくらい自分で出来ますよ、と掌を払われた。いや、俺の髪を直してほしいという意思表示なんだけれど、と言えば何馬鹿なことを言ってるんですか!と怒られた。うん、いつもの小野寺だ。

「お人好しの小野寺くんなら、それ位してくれるかと思って」
「嫌な言い方しないでくださいよ。だって、子供がたった一人でいたら、どう考えてもほっとけないでしょ」

ぷりぷりと怒る小野寺に唇だけで笑って、そうだな、と答えた。小野寺はそういうのを、きっと放っておけない人間なのだ。



だって、全てを撥ね退けていた俺に、自分が傷つくことを恐れもしないで。笑って手を差し伸べてくれた、優しいお前だから。



だから、好きになったのだ。そんな小野寺だからこそ、俺は好きなのだ。



ぐらぐらと揺れっぱなしだった精神も、ここに来てようやく安定してみせる。ああ、やっぱり俺には小野寺がいないと駄目なんだな、と再度認識する。溜め息を一つ漏らしながら、人込みをすり抜けつつ傍らを歩く小野寺に尋ねた。

「で?俺達は一体何処に向かってるわけ?」
「それは…、まだ秘密です」
「ついてからのお楽しみってわけか」
「去年もそうでしたよね?」

意地悪く聞けば、同じように意地悪く返される。最近こいつ俺への対応が随分上手くなったよなあ、としみじみ思う。乱れたマフラーをよいしょ、とかけ直しながら、小さく小野寺が笑った。きっと、高野さん、喜びますよ、と口にした小野寺の息が白い。

俺は、こうやってお前と一緒に歩けるということだけで充分嬉しいんだけどね。

言わないのは、無垢に微笑みを浮かべる小野寺の顔がもっと見たかったから。けれど真正面を捉えることは勿論できずに、ちらちらと横目で視線を送っているうちに、目的地についていしまったらしい。辿り着いたのは、先ほどの駅前の光景と同じく、イルミネーションで飾られた随分と大きな公園だった。

クリスマス、ということを差し引いても、結構な人数だった。公園の中に存在するありとあらゆる木々には、様々な装飾品が施されている。あるものは、その木の存在を象徴するように縁取られたり、あるものは可愛らしい動物やら天使の絵が描かれたものだったり。薄くライトアップされたそれらは、大きな影を作って人々の身体の中に静かに侵食していた。溢れんばかりの光の中にいるのに、その影の中にも存在することが出来る。誰もが、その幻想的な美しい光景に目を奪われ、誰もが、深いため息をついて。愛する者たちにそっと寄り添っていた。それは勿論自分達も例外ではなく。

「すげーな。此処、お前が見つけたの?」
「そうですよ。この日のために一生懸命探しました」
「へえ」
「でも、凄いのはこれだけじゃないんですよ」

純粋な感想を告げると、小野寺は得意げに笑って見せた。跳ねる心臓を押さえながら何とか会話を続けていると、最後の台詞を言い終えた途端、彼は公園の中心にある時計の柱に目をやった。もうすぐです、とそっと囁いて。

訝しんでいる間もなく、すぐにあちらこちらからカウントダウンの声が聞こえ始める。なんだなんだ、と思っているうちに、小野寺がぎゅう、と俺の腕を掴んだ。それに一瞬目を見開いて驚いてはみたものの。自分の思考回路は割りと冷静で、今の状況を客観的に分析していた。おそらく、イルミネーションのショーでも催されるのか、とやたらめったら現実味を帯びた想像に頷いて、側に居る小野寺に笑いかけながらその時を待つ。





…5、4、3、2、1





続く、耳に響いたゼロの声。




瞬間、照らしていた周りの世界の光が、全て消えた。


真っ暗だった。今までずっと煌びやかな世界ばかりを直視していたせいか、突然のことに流石の俺でさえ面食らう。側に人がいる気配はする。なのに視線を支配するのは闇ばかりで、純粋に感じたのは“恐怖”。そこに人がいるのに、そこには人がいない。ただ、腕を掴む確かな感触だけは分かって、それに縋るように求めた。小野寺、と。

「高野さん、上、見てみてください」
「上?」

彼の声に少しだけ安心して、言われるがままに視線を上方へと移した。見上げた夜空も、変わらすの暗闇…―違う。黒い絨毯のようなそれらの中、ちりばめらた小さな宝石のような光。星だった。空の中には、その存在を小さく主張するように、けれど確かな光をもって、無数の星達は延々と瞬きあっている。わあ、綺麗、と誰かが感嘆の声を漏らしているのが耳に届いた。


「…これが、俺に見せたかったもの?」
「飾られた光のモニュメントも良いですけれど、こういうのも割といいものでしょう?」
「まあな」
「作った光なんかなくたって、暗闇だって。ちゃんと光は、そこにあるんですよ」


小野寺の言葉に、小さく息を止めた。自分の感情を見透かしたようなその台詞に、思わず苦笑いしてしまった。ああ、もう、だから俺はこいつが好きなんだ。お前にとっては無意識のことなんだろうけれど、何処までも沈んでいた自分を、いつだって掬いあげてくれるのは小野寺で。

例え、自分がどうしようもない暗闇にいたとしても。たった一人でその孤独に怯えていても。小野寺はきっとこう言うのだ。見えなくても、傍にその存在がなくても。大丈夫です、俺はちゃんと高野さんの隣にいますよ。だから、気づいてくださいね、と。

作られた装飾の中、見失ったとしても。空の中にはいつだって、煌く星があるように。その光に気づきさえすれば、救いの手は当たり前のようにそこにある。


小野寺の存在が、いつも俺の中にあるように。君という光は、いつだって俺を照らしてくれる。


ぽつぽつと小さく公園の中の街灯が点灯し始める。もし、今夜の天気が晴れじゃなかったら、このイベントも開催されなかったんですよ。だから、晴れてくれてよかった。さっきまで雲があったから冷や冷やしていたんですけれど。実は高野さんをここに連れてくる前に、一度確認しにここに来ていたんです。傍らで、彼が笑いながら先に外出した理由を明らかにした。


薄明かりの中、視線を彷徨わせれば、端に捕らえた少女の姿。


サンタの格好をした、あの少女だった。俺が目を留めたことに気づいたらしい小野寺も、視線を俺のそれに重ねて。両親に抱かれて夜空を見上げて手を叩いている姿に、彼は小さく言った。良かったと

神様やサンタクロースの存在を純粋に信じているかと言えば、答えは否。だったはずなのに、今はその考えを少しだけ改める。小野寺がサンタの少女を連れてきたのではなく、少女の姿をしたサンタクロースが、小野寺を俺の元に運んできてくれたのだと。


自分勝手な都合のいい解釈。そんな馬鹿みたいな奇跡、今なら信じてやってもいい。


だったら、この先のクリスマスのプレゼントなんて、何にもいらない。俺にとっては、この奇跡が一つあれば。この奇跡さえあれば他にはいらない。小野寺という存在がそこにあればいい。その光が、自分だけを照らしてくれるのなら、もうそれだけでいい。

考えて、胸が熱くなった。マイナス思考ばかりだった自分の中に、こうやって新しい感情は今もどんどん芽生え始めて。本当に、お前には色々教えられるばかりだな、と唇をゆがめて笑って、小野寺に言った。手を繋ぎたい、と。

一瞬小野寺は迷っていたようだけれど、未だ薄闇であることが背中を押したのか、ゆっくりとその掌を重ねてきた。


その暖かな手のぬくもりを感じて、もう一度空を見上げた。ああ、幸せだ。話にならないくらい、幸せだ。こみ上げる幸福感に、思わず目頭が熱くなった。


サンタクロースや神様を、俺は何一つ信じてなんかいない。だって、いくら信じても信じても、何一つ救われやしなかったから。だというのに、今の俺は確かに救われているのだ。救われた俺は、一体何を信じたか。そんなのは考えなくても、もうとっくに分かっている。

人々が創りあげた偶像を信じなかった、たった一つの理由。それは、他に信じていた何かがあったから。誰かがいたから。そんなのは誰かなんて、十年も前から決まっている。俺が心から信じた人間なんて、今までも、そしてこれからもただ一人だけ。



掴んだ掌に僅かに力を込めた。



なあ、小野寺。幸せなときに涙が零れるって、本当だったんだな。



ほろりと自然に流れ落ちたそれを払いはしない。どうせ自分よりも身体が小さい小野寺に、自分の顔なんて見えるわけがない。けれど、気配だけは察知したのか、小野寺が少し不安そうに尋ねてきた。

「高野さん、どうかしました?」
「何でもない」
「本当ですか?」
「少し考え事をしていただけ」

一人で孤独に苛む少年の姿は、今はもう何処にもいない。だって気づいてしまったから。彼の姿がたとえ見えなくても、いつだって心の中に彼の存在があることを。あたたかな、それが。だからもう二度と、少年が独りになることはないのだ。

「もし、お前が神様だったら、世界は救われるかもな」
「…随分と壮大なスケールの想像ですね」
「そうか?」
「高野さんは、少し俺を買いかぶりすぎなんじゃないですか?」
「そうでもないさ。きっと、世界は救われる」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」




救われた、救われたんだよ。





お前を信じて。




少なくとも、俺は。





believer=信じる人

お誕生日おめでとうございます!高野さん。





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