お隣の後輩くんは「あの人最悪だ」というのが最近の口癖らしい。


後輩くんが言う”あの人”というのは、勿論エメラルド編集長の高野さんのことであり。新人編集である律っちゃんが、その編集長様にいつもいつも、そして今も、無理難題を要求される故に冒頭の発言に至るらしい。まあ、分からなくもないけれどね。そう言いたくなるのも。

エメラルド編集部っていったら、丸川出版の中でも一、二を争うくらいキツイ職場だとは思う。仕事の量は半端じゃないし、何日も眠れないときなんていつものことだし。そして何より高野編集長自身が、自分にも他人にも厳しいことが一番の理由だけど。編集長のレベルが高い上に、それに併せたレベルを彼が求めているのだからいたしかたない。

―それでも、まあ。
律っちゃんは、愛されている方だと思うけどねえ。

律っちゃん以外のこの編集部の皆は、高野さんが来る以前からこの部署にいた為、漫画編集の業務に慣れというものがあるので、仕事のやり方は変えはしたものの、それほどキツイと思ったことはない。けれど、それは新人編集者には当てはまらないのだろう。その証拠に、これまでにエメラルド編集部に配属された編集者は何人もいるが、高野さんのスパルタ教育の受けては、弱音を吐いてすぐに辞めるか、他の部署に移動してしまう。

けれど、律っちゃんは違う。たまに、こんな会社なんて辞めてやる!と呟いてはいるものの―当の本人は他人に聞かれていることに気づいてないようだけれど―それは一度だって実行されてはいないし、これからも実行されることはないのだろう。負けず嫌いな律っちゃん。律っちゃんが誰よりも頑張っていることは、きっと編集内の皆が気づいているし、知っている。

そして、そんな律っちゃんを皆が皆温かく見守っていることに、彼は気づきもしないのだろう。それは情というか、愛というか。おそらくは目に見えない空気のようなもので、だから言葉に出来はしないし、だからこそ彼に伝えることなんか出来ないのだろうけれど。言葉にすれば壊れてしまいそうなほど、それは儚いものでもあるわけで。

ちょっと飲み物を買ってきます、と席を離れる後輩くん。美濃が、大丈夫かな?と心配そうに彼の背後を視線で追い、大丈夫だろ、と書類に目を通しながら副編集長が答える。

「俺が大丈夫だと思ってるんだから、大丈夫なんだよ」

随分と後輩君に肩を入れている編集長が会話を遮るように豪語した。


―ほら。やっぱり彼は愛されてる。




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