【ノゾミ・カナエ・タマエ】

人生で初めて恋をした。もっとも、それが恋であると気付いたのは少し後のことだった。桂小太郎というひとは稲妻のように、悪い魔法使いの呪いのように、あるいは甘い毒のように、斉藤終の心を芯まで痺れさせておかしくさせていった。

「よお、おまわりさん」
店先でうさぎの縫いぐるみを数時間ほど眺め、店員の娘を困らせていた斉藤は、背後からかけられた低い声に迷惑そうに振り返った。すでに顔を赤らめてほろ酔った状態の坂田銀時がにやにやしながらそこに立っていて、斉藤はああ厄介だ、とこっそりため息をついた。土産物を、などと慣れないことなど考えないで、そのまま目的地に行くべきだった。
あの事件から、ときどき、ふた月にいっぺんほど、こうして坂田と酒を飲むようになった。坂田という男は素面のときにはそれほど斉藤に絡んでもこないし、初めてできた友人だとも思ってるので、街で出会すことには歓迎なのだが、問題なのはこうして酔っぱらっているときだ。とにかく坂田は酒癖が良くなかった。それに気付いたのは初めて彼と酒を飲んで、彼が次々に杯をあけていくのをしばらく見届けた後だった。その日は絡みに絡まれて酷い目にあった。しかも、彼はたいていすかんぴんなので、もっぱら酒代を出すのは斉藤の方だ。沖田には2人で酒場などで何を話しているのかと不思議がられるが、だいたいたまにこうして先に酔っぱらった坂田に掴まってたかられているようなもので、彼の話すとりとめのないことをただ黙って聞いているだけだった。

「なあ、アンタ。まだ、あれに惚れてんのか」
いつもの、賭けごとで負けたとか、そんなことの愚痴を聞いていた思いきや、いきなり浴びせかけられた質問に、斉藤は手元のグラスを落としそうになった。
「あれは、厄介だぞ」
かつて白夜叉と呼ばれた男は、心底疲れ果てたようにそう呟いた。
そのとき気付いた。いつもの、死んだような目、無気力な目、そういうものとは違う、あまりにも倦んだ目だった。
「あいつはな、ガキのころから俺に惚れてんだ。そんな顔するんじゃねえよ。本人がそう言ってるんだ。でもな、あいつ、俺のものになりやしねえんだ。誰のものにもなりやしねえ。…誰のものにもなってくれない。そういう相手なんだ」
坂田は目の前の、酒がつがれたグラスの水面をみていた。今日は少し、いつもと違う心境のようだった。
酒の水面がゆらゆらと電球の灯りを反射して彼の赤い目に差し込む。そうしてみると存外美しい色のように思えた。
桂は―、この赤い色をどれだけの間見つめてきたのだろう。
斉藤の想い人は、坂田を愛している。そんなこと、もう斉藤にだって分かっている。もちろん、坂田も、分かっているのだ。
だけど、桂は、坂田のものにはならない。

2人のことに気付いたとき、斉藤は深い絶望を感じた。
生まれて初めて己を受け入れてくれるのかもしれないと、そう思った、思わせてくれた相手は、別の男のものだった。そう思った。
それまで世界に対して感じていたものは、孤独感と、劣等感、そしておおきな焦燥だった。だが絶望を感じるほど諦めておらず、けれど強く何かを欲してはいなかった。桂が現れるまで孤独だったのは確かだ。仲間と呼んでくれる人間はいても、一度も言葉を交わしたことのない斉藤相手に、望むような深い情をかけてくれるわけではなく、絆を感じさせてくれるわけでもなかった。
桂は、斉藤は何も喋れなくとも、剣で交わることしかできなくとも、それを受け入れてくれた。彼自身はなにひとつ変わらないまま。
「お前の髪は柔らかいなあ」
そう言って髪を撫でられたときに向けられたあえかな笑みを見たときに、斉藤は泣いた。突然泣き出した大男にも意に介さず、桂はそのまま細い身体の上へと斉藤を招いた。分厚い布地の着物を着ていてさえ透けてみえる華奢な体躯だというのに、全身で縋り付いても彼は少しも崩れなかった。
しがみついて、泣きわめいて、それでも彼はしっかりと斉藤を抱きとめていてくれた。そろりと、ふるえる背中に手が伸ばされ、あやすように優しく撫でてくれた。

それはまるで、泣き虫の幼子をあやすように。

とにかく、別の男のものを好きになってしまったと、そう考えていたのだが、その相手の男は、拗ねる斉藤に、非常に面倒くさそうな顔をして、「いや、あいつ俺のもんとかじゃねえから」と言い放った。実のところなんて薄情な恋人なのかと憤ったりしていたのだが、こうして坂田の言い分や様子を見ていると、納得はしきれていなくとも、憤りは少しずつ減っていくようだった。
「あいつさ、そういうの得意、すっげえ得意なんだよ。こっちが大泣きして鼻水たらしながら縋ってきても、仕方ねーなって、そういう面でさ、抱いててくれるんだ。あいつめちゃくちゃ細くて、俺と同じ年なのにまだガキか女みてーで、そんななのに、でっかい男どもに全身で縋られて、でも、笑うんだ。すげえ優しくてさ。あれだよ、母ちゃんみてえって思っちまうんじゃねえの。いつかあいつに寄りかかる野郎どもに潰されちまうんじゃねえかって思う。でも、そういうときのあいつ、すげえ綺麗なんだよな…」
桂への言及が始まってから、斉藤はいくらか驚いた心地で坂田を見つめていた。坂田との付き合いはそう長くはない。それでも、ここ最近ではなんとなくどういう男なのか、知ったような気になっていた。坂田が彼へのそういった心情を吐露するとは意外だった。いつの間にか、ずいぶん酒を飲んだようで、坂田はあきらかに泥酔一歩手前の様子で、ほの赤い顔の中で同じ色の瞳がいやにぎらぎらしている。喋り過ぎは酒のせいか、それとも桂との間に何かあったのか。
前に山崎は、万事屋の旦那は酒を過ぎると暴れ回ると話していたが、今夜はどうにも様子が違うようだった。
きっと、暴れていた方が健全だったのだ。
坂田の目のぎらつきの様は、異様だった。

―あいつは、最初のころからなんだかぎらっとした目をしていてなあ。
うん?確か、5、6歳とか、そのくらいだったと思うぞ。
ちまっこくて、びっくりするくらい痩せてて、でも周りをガンつけるし。
でもあいつも頭はふわふわでなあ…。
初めて触ろうとしたら目をひん剥かれた。お前と同じだな。
でも、まあ、大人しく触らせてくれたのだが。
ふわふわだし、銀色で綺麗だし、かわいくって、俺は嬉しくて嬉しくて。

それは到底、愛おしい男のことを語るような口ぶりではなく、まるで拾ってきたちびの野良犬の思い出を語るようなものではあったが、それを語っているときの彼は、心底嬉し気な、子どものように無邪気な表情をしていた。
貴方の幼かったころの話が聞きたいですと、何度も訴えたのだが、そのたびに桂は気前よく承諾するくせに、いざ話し始めると、彼はいつも幼なじみの男のことばかり、否、その男のことだけを話し始めるのだった。

―初めてあいつがしんすけと喧嘩したとき、正直な話俺は喜んだのだ。
どっちも青あざだらけになって、大変な騒ぎだったのに。
とくにしんすけはあのころ一番おちびだったくせに。
まあ、それでな、あのぎんときがしんすけと取っ組み合いになって、
顔を真っ赤にして怒って。
その姿が、他の同じ年の子どもとぜんぜん変わらなくて。
それまであいつは朴訥というか、なんかぬぼーっとしててな、
幼い子どもなのに、およそ感情がうすいような感じに見えたから、
哀しくても、怒っても、そういう風に見えないのは、
きっとあの子がこれから損をするだろうと不憫に思ってたんだ。
しんすけも、あの子は育った環境もあるけど、
妙にませて、擦れてしまったような子で、
家柄が上級だからってそんな風に喧嘩するような相手もそれまでいなかった。
でもそれからぎんときと、ぎゃーぎゃー張り合うようになって、
いくらか素直に怒ったり泣いたり、喜んだりするようになって、
あの子にとっても良かったと思うんだ。俺はそう思う。
先生も、そう仰っていた…。
 
彼の昔話には、先生と、しんすけ、という名前の人物がよく登場する。
しんすけとは、桂曰く、おちびで、病弱で、だというのに、気性が荒く、大変な利かん坊の、困ったわがままお坊ちゃんだそうだ。いつもそういうふうに話すのだが、しかし彼の言葉の調子にも、表情にも、疎んじているような節はまったくなく、むしろ、優しくて、やわらかで、そこには確かに色濃い愛情の気配があった。
斉藤は、組の極秘資料から、桂の周りにいた「しんすけ」という人物の正体を知っている。一度ほどしか遠くからその姿を見たことしかなかったが、そのときの「しんすけ」は、血なまぐさい狂気の匂いを体中にまとわりつかせていた。
時折、「しんすけ」のことを語る彼の、美しい琥珀の瞳の奥に、隠しきれない哀しみが現れることがある。斉藤はその瞳を見つめながら、かつて彼の慈しみを一身に浴びていた、病弱で血の気の多い、だけども甘ったれでかわいらしかった小さな少年と、狂った獣の気配の、おそろしい男のことを思う。
 
「なんで野郎のことなんか俺に聞くわけ?…べつに思い出したくねえとかそういうんじゃねえよ。うん?当たり前じゃん。今は関係ねー。とっくに仲間じゃねえし。おたくのえらい人とも戦時のことは不問にするってことで話ついてんの。まあそれはどうでもいいんだけどよ。は?ああ。まあ、あいつから見ればそうだったんだろうよ。あ?んなわけねー。俺たちがそんなん思ってるわけねーだろーが。当たり前だ、誰と誰が兄弟だよ。ふざけんなって話だよ。互いにな。あの野郎と俺が似てる部分があるかもってのは、そりゃあな、全部あいつのせいだ。ガキのころからあんなのが傍にいたんだ。あいつが原因なんだよ。俺たちはどこも似てないけど、でも、一個だけ。あいつがいたんだ。それだけなんだよ。…わかんなくていーよ。俺たちにしかどうせわかんねえから。今、けっこうムカついた?俺のことぶっ殺してえって面、したよな。一瞬だけ。べつにいいけど。でも、お前も可哀想な奴だよな。これだけは言うけど、あの野郎にたいして焼きもちとか、無駄だからね。あ?俺はしないのかって?
したよ。そんで、死にそうなくらい疲れた。でも、どうにもなんねえんだよな」

あの男は、とうに彼と仲違いをしたはずだ。それでも貴方はあの男に嫉妬するのですかと問いかけたかったが、やめた。桂が高杉のことを話すときのあの声音を、あの瞳を、きっと坂田もとうに知っているに違いなかった。

桂の「先生」が、どういう運命を辿ったのかも、斉藤は知っている。吉田松陽に関する記述は少なかったから、調べるのに少し苦労した。白夜叉、狂乱の貴公子、鬼兵隊総督。攘夷戦争の伝説として華々しく語られる彼ら三人の師匠だというのに、彼自身の記録は驚くほど少ない。片田舎で村塾を開き、やがて反幕府的な思想を持っていた為に投獄され、処刑された。どうにか手に入れた記録でもその程度のことしか知ることができなかった。もともとどこの出身で、萩に辿り着く前に何をしていたのか、不自然なほどに記録がなかった。

―先生のことか?綺麗な方だったぞ。いや、女性ではなかった。でも、どこか母親みたいなところがあったかな。少なくとも、ぎんときにとってはそうだったんじゃないかな。髪は長くて、亜麻色だった。…今日はやけに質問してくるんだな。俺はあの人の弟子で、あの人の塾の塾頭だった。まあ、そのくらいお前も知っているだろう?最近はお前たちも村塾のことを調べているみたいだしな。ただの、田舎の小さな村塾だったよ。とにかく、俺は一番弟子のようなものだったけれど、でも、俺が知っている先生の姿は、ほんの一部だった。それ以外の面を、あの人は注意深く隠していた、そんな気がする。でも、そんなことはべつにどうだっていいんだ。あの人の作った村塾は、俺にとって大切な場所だった。
…あの人とお前が会ってたら、きっとお前も先生にとても好かれたと思うぞ。この髪、きっと、あの人は大好きになっただろうから…。
斉藤のふわふわした髪を撫でながら、桂は冗談を言ったように笑った。
(じゃあ、先生と貴方は好みがとても似ているんですね)
それは桂には云わなかった。

彼の語る思い出を、斉藤は胸の内に情景を思い浮かべる。新緑のまぶしい穏やかな萩の村。町人が行き来する賑やかな城下町。小さな村塾の中の、幼い三人のきれいな子どもと、一人の佳人。こではきっと優しくて美しい時間が流れていたのだろう。

―お前を見ていると昔を思い出す。
ある夜、ぽつりと桂が呟いた。彼らしからぬ、消え入りそうな小さな声だった。おそらく彼はそれを口にするつもりではなかったのだろう。すでに言ってしまったあろのこと、彼は、あ、という声と可愛らしいまぬけ面をさらして、能面のようになった。それは斉藤が初めて見た彼の表情だった。たぶん、彼は、それを言葉にしたこと、斉藤に聞かせたことを後悔しているようだった。もっとも、それは斉藤の勝手な推測だ。

「お前って、…たぶん俺に似ているんだよな。…おい、いますげー厭そうな顔しただろ。こっちだって厭だよ。昔の自分を見せられてるような感じだからな。嫌いなんだよ、あのころの俺」
俺も昔、ずっとひとりだった。
「…お前も油断してると、あいつに俺みたいにされちまうかもよー」
そう言って坂田はへらっと笑った。それはいつものような、だらしのない、酒の匂いにまみれた笑みではあったが、笑う前の一瞬。
その刹那に覗かせた暗く重く、寂しくて、ぞっとするような気配は、まだそこに残っていた。
「なに?ああ、まあ、俺に似ているから気に入られてるっていうか、あれは、俺みたいなのが好きなんだろ。いっぱいいるよ、俺に似てるやつなんか。ほんと、忌々しいくらいに。あ?あの野郎?だから俺たちは似てないって言ってるだろうが。俺はいいけど、野郎に聞かれたらお前ぶち殺されっからね。あいつそう言われるの大嫌いだからさ。あー、俺、もう眠くなってきたわ…」
坂田はそう言って瞼を閉じてテーブルに伏したきり、寝息を立て始めた。この分だと今日も肩を貸して万事屋まで運んでやらねばならない。毎度のことだ。おかげであそこの眼鏡の少年には会うたびに平謝りされている。
勘定を払い、坂田を肩に担いで、夜道を歩きながら、斉藤は複雑な心境だった。
「あのうさぎ、買わねえの?買うならあのいちばんすみにあった、もふもふしたのにしろよ」
万事屋に送り届けて玄関を去る前に、坂田は半分床に沈みながらそんなことを言った。毛布をもってきた神楽はなんのことかと不思議そうな顔をした。

俺は、似ている。
と、そう思われているのだろうか。彼がこの世界でもっとも愛しているかわいそうな男たちに。
 
それは斉藤にとって希望のようでもあり、絶望のようでもあった。

―なんだ、寝ているのかと思ったぞ。
額と髪を撫でる手はひやりと冷たく、なめらかで、植物かなにかのようだった。
―まったく、明け方にいきなり泥酔状態で来たと思ったら。いったい誰と飲んでいたんだ。酒は抜けたか?もう夕暮れだ。良い子はおうちに帰る時間だぞ。2日続けて帰らなかったらわんこの仲間が心配するぞ。
そう言いながらも、彼は斉藤の髪を撫でて遊ぶのをやめない。桂の好きな、そして彼の先生も好きだったらしい、ふわふわの髪。扱いが難しく、見目もよくないこの髪を、桂に出会うまで、どうと思ったこともなかった。
―なんだ、帰りたくないのか?だだっ子か?夕飯ぐらいなら喰わせてやってもよいが、食ったらちゃんと屯所に帰るのだぞ。
斉藤は何も返事をしていないが、彼は勝手にそこまで言い切ると、台所へ向かっていった。そば粉と鰹節の匂いがする。また今夜も彼の夕餉は蕎麦であるらしかった。斉藤はとりたてて好きでもない麺類だが、彼のせいで最近よく口にしている。たまには違うものを食べればいいのにと思っただけで彼には伝えず、しばらくして出来上がった、簡素でつつましい2人きりの食卓に腰をおろした。

蕎麦をすすりながら、同じように静かに蕎麦を食べる彼を見つめていた。もう斉藤が勝手に家に上がり込んでも桂は気に留めない。そうなってから、さまざまな彼の姿を見るようになった。どの姿も優美で、綺麗だ。でも、斉藤がいちばん綺麗だと思うのは、桂が昔のことを話す、そのときの顔だった。世界で一番尊いもののことを教えてくれている女神のような、優しい顔だった。
あの2人が、ぎんときとしんすけがここに一緒にいればいいのに、この人の為にいれくれればいいのに、などと、どうしようもないことを思った。

初めて桂を抱いた日のとき、戸惑っていたのは斉藤の方だった。手を伸ばしてしまったのは斉藤だったが、彼は拒まなかった。あとで坂田はいいのか、と、間男の癖にそんなことを気にしてみれば、彼は不思議そうな顔をした。
―ぎんとき?ああ、まあ、言わない方がいいだろうなあ。お前に怒ったりはしないだろうが、どうせ拗ねまくるから。お前、あれとたまに酒を飲んだりしてるだろう?せっかくできた友だちがいなくなるぞ。そもそも、そういうことは俺の着物を剥ぎ取る前に気にすることだ。
その言葉を聞いて、斉藤は安堵するよりもむしろ心が痛んだ。

「なんだ?食べてないな。お腹痛いのか?もう寝るか?」
桂が食べかけの蕎麦の箸を置いて斉藤の方までじりじりとすり寄って、顔を覗き込んでくる。屯所に帰れと言ったくせに。ほんの数センチ先の桂の肌から、甘い匂いと、体温が伝わってきた。肌と肌を触れ合わずともからだの温もりが伝わるものだということすらを、斉藤は桂に会うまで知らなかった。
手を伸ばしてはいけないのだという認識が、なんの意味ももたなくなる強烈な感情があるということも。
「なんだ?…今日も甘えん坊か?」
畳の上にゆっくり押し倒すと、桂からふふ、というやわらかい吐息がもれた。
彼はこうして、いつも斉藤を受け入れる。恋い焦がれた相手の白い肌、黒い髪、美しいくちびるに触れる。それは今まで幾度も夢みては、諦めてきた至上の幸福のはずだった。それなのに。
願いが叶ったという気持ちは、微塵もないのだ。

―銀時のことか?愛しているぞ。
世界でいちばん、俺はあいつのことが好きだ。

なんて、恥ずかしいなあ、なにを言わせるんだ。桂は少女のように笑った。

じゃあ、なんで俺に抱かれるんですか。
そう尋ねると、桂は困ったような顔をした。
―べつに、操立てなんてするような間柄じゃないんだ。
俺は、あいつのものではないからな。
あいつのものになってやらないのに、操立てなんてするべきではない。
分からない、と告げると、桂はいいんだ、と言った。
―ただの、屁理屈だ。
  
あんなにも愛おしく語る人のことを、今でも愛していると朗らかに言うのに、そこにきっと嘘はないだろうに、その相手と共に生きることを退けてまで、桂が目指しているもの。美しい理想。
貴方はこの国をあるべき姿へ作り変えるのだと言った。
その野望を阻めよ、という命を与えられている斉藤に。
それは貴方でなければ成し遂げられぬことなのだろうか。そう問いかけるのは無意味だ。すでに答えを知っている。誰かに譲ることができるものなら、彼はあの銀色の男の為に、あるいはあの隻眼の男の為に、そうしただろう。それが不可能な理由。それは彼にかけられた呪いだ。斉藤は眠りに入った桂の細いからだを抱きながら、情欲と憐憫を持て余していた。
ただ眩しさに目を細めて焦がれていたころは、そのことに気付かなかった。
桂の持っているものはすべてが呪いだった。その容貌の美しさ。その魂の高潔さ。その慈愛の深さ。彼は、世界を導くのにまことにおあつらえ向きの存在だ。彼は逃げることができないのだ。きっと、世界がそれを許さないのだ。

いつか貴方が再び優しい時間を過ごせるようになることを願おう。そしてどうか、その隣に貴方の望む相手が立っているように。
己への優しさはそのときがくるまでで構わないから。
 






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