とくとくと、心地よい音がする。これは何の音色だったか。奇妙に安心させられるリズム。
木漏れ日のような色の眠りから、ゆっくりと覚醒した気分だった。未だ瞼は開けていない。眠りから引きずる微睡みを味わっていたかった。ああ、久しぶりにながく、穏やかに眠れていたようだ。何かに包まれていると気付いた。それがこの心地よさの理由なのだろう…暖かな、体温。髪の毛を優しく撫でる掌の感覚。
(体温…)
目を開けると、桂と目が合った。なんだかとても近い距離にいるな、と呑気に考えたあとで、昨夜の記憶が一気に甦る。身体中の血の気がひくのを感じた。
「か、かつら?」
「うん…、おきたか、銀時。お前、よく眠っていたな」
桂はそう言ってうすく笑った。その様子をみて、銀時は、昨日の、自分が桂を陵辱した記憶は、現実に起こったのではなくただの夢だったのかと一瞬考えた。しかしだんだん冴えてきた頭で今の状況を確認すると、桂は未だ手は一纏めに縛られていて(そのまま銀時の頭を抱え込むようにして撫でていたらしい)、着物も剥かれたまま裸でいた。頬も涙の乾いたあとで汚れている。なにより、
「ひあっ!」
「うわ!!ご、ごめん…」
挿入されたままだった。うっかり腰を動かしてしまってその感触に二人で喘ぐ。半分ほど萎えてはいたものの、どれほど負担だったろうか。ずるりと抜くと、中から精液がこぼれ落ち、穴がふるえた。
「ふあ…、」
桂が、己の胎内からどろりと液体が垂れ落ちる感覚に熱い吐息をついた。白い膚 に濁った白が幾つも筋を描いている。しかしその中に、赤いものが混じっていた。出血していたらしい。銀時はそれを食い入るように見つめた。
「銀時…」
「…ヅ、ヅラ、」
「ヅラじゃない、桂だ。…これは外してくれないのか」
桂は、頬がまだほの赤い他は、いつもと変わらない様子でそう言い、帯の絡まる腕を示した。銀時は慌ててそれを解いてやる。長い間縛り上げられていた手首には、赤く擦りむけた跡ができていて、銀時はそれを目にした途端に泣きたくなった。自分にそんな資格はないこともじゅうぶんに分かっていた。
「…すまねえ、辛かっただろ」
「…銀時、」
「ごめん、ごめんな」
謝っても許されるようなことではなかった。桂の瞳を見るのが怖くてひたすら俯く。もう二度と桂が笑顔を見せてくれなかったら、と考えて、どんどん身体中の体温が下がっていくように感じた。
「銀時?…こっち、向いて」
両の頬がひやりと滑らかな掌に包まれる。銀時がおそるおそる桂の方を見ると、予想よりも近い距離、殆ど鼻と鼻がくっつきそうな位置から桂が見つめていた。その瞳の中には、銀時が怖れていたような失意と軽蔑の色はなく、ただただ普段通りに澄んで美しい琥珀の虹彩があるだけだった。その大きな瞳いっぱいに銀時の顔を写して。
「謝らなくて良い」
「、だって」
「謝らなくて良いんだ」
とても優しい声だった。そして桂は幸せそうに笑った。まるで、総てのことを桂も望んでいたとでもいうように。
それは、後ろめたさを少しでも緩和させたい銀時の身勝手な願望によって、そう見えたのかもしれない。しかし。

「初めてのときを覚えてるか、」
「…覚えてねえよ、」
「ふふふ、そうか」
桂は今でも、「あの夜」のことを思い出しては幸福そうに笑う。あの陵辱の夜にいったい何を思い出して笑っているのか、今でもさっぱりわからない。銀時は、それ以上桂が何か言う前に、その脣に喰らいついた。心の底で謝り続けながら。




銀時が隣で眠ってしまったあとで、その腕に抱かれながら、桂はぼんやりとまた昔のことを思い返していた。この愛おしい男が初夜のことで、桂に未だ罪悪感を抱いているということなど、とうに承知の上だ。何度も謝る必要はないと言ったのに。しかしこの男の性格では仕方あるまい。
あの夜、確かに桂は幸福だったのだ。何度も前戯のようなことを繰り返していながら性行為には疎かったので、最初こそ何をされているのか分からずに混乱はしたが、銀時と繋がったとき、深く身体を穿たれ抱きしめられながら、とても満たされて行くのを感じていた。失神から目を覚ましたあと、自分の胸に倒れ込んだまま、すやすやと眠る幼子のような姿を見て、限りなく愛おしく想えた。それを伝える前に、いつも銀時に口を塞がれてしまうので、言えず仕舞いだけれど。

いつか銀時がぽつりと、桂を抱いたあとは悪夢をみないで眠れるのだと言った。かわりに、とても暖かな光に包まれている夢をみるのだと。それはとても心地が良いそうだ。だとしたらこの行為は、セックスではなくて、まるで子守唄のようだと思った。銀時は昔からよく悪夢をみる。内容は脳に焼き付いている過去の記憶の再生だ。戦場でひとり彷徨った幼いころのこと、松陽が連れて行かれたときのこと、彼を救う為に飛び込んだ戦のこと、仲間を失った日々のこと。結局、師を助けられずにその首と対面した瞬間のことを。

銀時。お前が過去の悲しみに囚われないでいられる時間を少しでも作れるのならば、幾らでもこの身体など差し出すから、使ってくれれば良い。

思えば幼いころから、その哀し気な紅い瞳をはじめて見た瞬間から、それを望んできたような気がするのだ。その瞳に見え隠れする悲しみを癒してやりたいと思った。結局、その哀しみの色は時を経てさらに強く濃くなってしまった。そのすべてを自分ひとりで掬い消してやれるなどとは、もう自惚れることは出来ないけれど。
桂は自らの身体を抱いて眠る男を、抱き返す。今は紅い瞳は瞼で閉ざされ、哀しみもみえない。桂のその胸に、もう何度も何度も襲いかかってきた切なさがまた兆し始めるのを感じて、ふるえた。銀色の髪を優しく撫でながら、桂は眠る男に懺悔する。
もう、これぐらいしか、してやれることなどないのだ。

 








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -