【綺羅草子 零】
大事なものはしまっておかなくては。誰にもとられないように。

桂は鞍馬山の天狗の一族の末裔で、うまれたときからひっそりとそこで暮らしていた。父は鞍馬の天狗をまとめる立場にあって雄々しかったが、その一人息子の桂は少年になってもほっそりと優美で、肌も白く、華奢な肢体をしていた。幼くして亡くした母親の面影を色濃く継いでいたのだ。
いつまでもおんなのようななりの息子に腹を立て、桂は成人する前に修行してこいと鞍馬山を追い出されてしまった。
生まれ育った鞍馬山しか知らぬ桂は、ひとり下界に追い立てられて、途方に暮れたが、しかし安堵する部分もあった。おんなのような息子に怒っているふりをしながら、父はときどき、母を見る目で自分を見つめていることに気付いていた。父は絶世の美しさだったという母を深く愛していた。あのまま鞍馬で父のもとにいたのでは、遠からず寝所で父に手篭めにされていたような予感があった。彼も彼なりにそういった気の迷いに悩んでいたのだろう。遠くにやってしまえば手も出さずに済む。さらに帰ってきたころに桂が立派な雄になってくれれば、そういった迷いがあったことも忘れる。そういう計らいなのだろう。
このごろは面倒を見るふりをしてこちらを組み敷こうとしたり、身体を撫でてきたりする輩も増えていたので、鞍馬から逃げ出したいと思っていた部分もあった。
追い出されたといっても、そこまで桂は気落ちしていなかった。それなりに気持ちは楽だった。鞍馬のお宮の中で蝶よ花よの扱いを受けていた桂は、外の世界に憧れを抱いていた。山を下ることを許されている大人たちがときどき他の妖怪や人間の話をしているのを盗み聞くのが好きだった。
桂はこっそり鞍馬山の近くの、人間の住む里に入り、するりとそこの生活に馴染んだ。父は修行してこいと言ったが、身体を鍛えたり他の妖怪と戦ってみたりするつもりは生憎桂には毛頭なかった。鞍馬山の天狗は誇り高く、雄々しく強く、他の妖怪たちを負かして長く一族とその家臣たちを繁栄させてきたが、桂は戦ったり奪ったりすることになど興味がなかった。戦乱の血生臭い世の中にもうんざりしていた。
できればこのまま戦など縁のないような人里で静かに暮らし続けたかった。
その里が戦に巻き込まれて焼けてしまうまで、穏やかな暮らしが続いた。

桂は朱色の炎を見ていた。あちこちで激しい火柱が上がっている。道には斬られてまだ血を吹き出してる絶命した人間たちが転がっている。
悲鳴や、怒号や、馬の駆ける音が炎の爆ぜるものに混じって、耳が痛い。
「こんな里にこれほどの上玉がいたとはねえ。俺は運がいい」
桂を組み敷いてる男は舌なめずりしながらそう言った。その男の部下らしい男に両腕を抑えられて、桂はもがくこともできなかった。男ははだけた着物から覗く、白くなめらかな肌を舐め、乳首を噛み、嬲る。背筋が嫌悪でふるえた。欲に塗りつぶされたような男の顔を見るに絶えず、桂は陵辱がはじまったときから火柱を見ていた。その火柱が上がっているのは桂の家であり店だった。里に住み着いてからは薬を作り、それで生計を立てていた。その店が燃えている。
「遊女よりきれいな肌をしてる。ほら、見てみろ、ここ」
男は桂の脚をぐいと開き、尻の谷間の間を部下に覗き込ませた。部下の男が息を呑むのを感じた。そこには小さな桃色の穴があった。
「可愛らしい色だ。…それに初物だな。ぴっちり閉じてやがる。ほら、どうだ?」
「ひんっ」
男の無骨な指が、桂の穴を割り広げようと動く。そんな場所をいままでひとに触られたことはない。
「こんなところにこのまま俺のチンポをぶち込んだら壊れちまうなあ。なあお姫様」
桂は必死で顔を背ける。早く終わって解放して欲しかった。犯されるのは苦痛だろうが、逃げることができれば傷は癒える。そう覚悟していた。
「そんなに嫌がるなよ。お前は可愛いからなあ、良くさせてやりてえんだよ」
そう言って男は桂の力ない剥き身をつかんで扱き始めた。途端に桂の細い腰が跳ね上がる。
「ひっ!?あっ、ああっ、!!」
「おう、可愛い声だなあ。ほら、これはどうだ?ここもいいか?」
「い、いや!いや!いやあ!!いやです!!やめて!!!」
「ああ、良い声だな。気持ちいいだろう?ほらヌルヌルしてきちまったぜ」
男の指は桂の、細く、まだ幼子のようなものをめちゃくちゃに刺激する。自慰すら覚えてなかった桂にとって、性の刺激はほとんど体験のなかったことだ。刺激から逃げようと腰をふったが、返ってそれは逆効果だった。
「ほら、ほら、いいだろう?我慢しないで気をやっていいぜ」
「ああ〜〜〜!!!!」
男の指に苛まれたまま、桂はうまれてはじめての絶頂を極めた。
「ああ、可愛かったぜえ。ほら、見てみろ、こんなにお股がぬるぬるのびしょびしょだ。こっちのおまんこもヒクヒクしてきた」
「はう…はぁ…はぁ…いや…」
「ほら、おまんこを慣らしてやるからな」
「あひっ」
精液でしとどに濡れた穴に、男の指がずるりと入ってくる。
「キツイなあ。さぞかし具合も良いんだろう。お前みたいなのが初物とは信じられんね。いままで男に襲われたことはなかったのか?」
「や、いや、あああ」
「ああ、少し緩んできたぞ。ほらもう二本も入るぞ、どうだ?」
「ああ!!」
男に抱え上げられた細い脚が痙攣した。桂は混乱して火柱を見ることも忘れ、紅潮した頬で、目の前の、己に覆い被さっている男のことを見つめてしまっていた。彼は酷くいやらしい顔をして、涙を流す桂を食い入るように見ている。背中がむずむずと疼く。隠している羽根が現れかけているのだ。ここで黒い羽を出してしまったら、彼らはどんな反応をするだろうか。犯すのをやめてくれるだろうか。しかし妖怪だと吐露することでまた種類の違う災難が訪れるかもしれない。桂はぽろぽろと泣いた。
「…いいねえ、お前。決めた。終わったら都に連れて帰ってやる。俺の屋敷に住まわせてやるよ」
男は桂の脚をさらに開いた。指が引き抜かれた穴がひくひくとふるえているのが自分でも分かった。
次に訪れる出来事を想像して、まぶたをきつく閉じた。

しかし、身を貫かれる衝撃はこなかった。そろりとつむっていた目を開けると、男たちはみな緊迫した顔で何かを見ている。そちらに目をやると、いつのまにか炎を背景にしてひとりの男が立っていた。火柱の朱色に照らされて輝く銀の髪に、そしてそこに生えた三角の耳に、桂は息を呑んだ。狐。天狐だ。
「おまえ」
「楽しそうなこと、してんね」
「なんでここに」
「ねえ、それ、俺にもくれよ」
銀の狐がつ、と指を指し、桂はそれと言われたのが自分のことだと気付いた。身の上にいる男たちは畏怖の目で銀髪を見ている。
彼らはどうやらこの男が何者であるかを知っているらしい。
「だが、」
「気づいてねえの。そいつ人間じゃないよ。都に持って帰ってもえらいことになると思うけど」
「なんだと」
「妖怪とむやみに交わるとどうなるか知ってるだろう。そういうことでさぁ、そいつは置いていきなよ」
男は脚を開かせた桂をみて、戸惑いを見せた。拓いた花にまだ未練がたっぷりとあるようだった。しかしゆっくりと銀髪が近寄ってくるので、仕方なく桂から離れた。
「話がわかるやつは好きだねえ。ほら、もう行きなよ。ここは用がねえだろ」
数秒の後、激しく馬の駆ける音が去って行った。桂は乱れたなりのまま、汚れた下半身もそのままに、銀髪が近寄ってくるのを見ていた。彼は桂の秘部を覗き込む。
「あーあ、ずいぶんギリギリだったみたいだな?もう少し遅く来てたら処女じゃなくなっちまってたよ」
銀髪のその狐は、燃えるような紅い目をしてきた。桂は羞恥も忘れて、その不思議な色合いの瞳を見ていた。
「…」
「それともあいつのチンコ突っ込まれたかった?こんなにとろとろになってるんだから、太いやつでガンガン突かれたら気持ち良いだろうなぁ」
「あん!」
放置されてふるえていた穴に、銀髪が指を突き入れる。遠慮のない動きだった。
「羽根出してみろよ。どうせもう限界だっただろ、隠しとくのも。ほら、」
ぐりっ、ぐりっ、と穴の中を彼は乱暴に嬲り、桂は泣きながら悲鳴を上げた。その拍子に完璧に術がとけて、桂の背中から黒くツヤツヤと輝く一対の羽根が現れた。
「ああ、やっぱりな。匂いですぐ分かったけどな。なあ、尼天狗はいい匂いがするんだ」
「…、尼天狗ではない…、」
「なんで?誰かにそう言われた?女の身体でないから?…馬鹿だねえ、お前は尼天狗だよ。こんな天狗がいるわけねえだろ。こんなに身体が細くって、色が白いやつなんか」
「あっ、ああ…」
「こんな小さくて柔らかい羽根じゃろくに風も起こせやしねえ」
銀髪は桂の羽根を撫で上げ、軽く噛み付いた。噛まれたのは羽根だというのに、そこから下半身まで痺れたような快感がきた。桂の身体が跳ね上がる。
「良い?羽根も弱えんだよなあ、お前たちは。尻も弱えんだけどなあ」
銀髪の狐は楽しそうにそう言いながら、ぐちゅぐちゅ音を立てて穴を嬲る。
「い、や…いや…、っ、あん、」
「気持ち良くてたまんねえってツラしてるぜ。なあ、ここにチンコ欲しいだろ?」
「いら、ないっ、いや、」
「強情だねえ。ならもっとめちゃくちゃにしちまおうかなあ」
「あ!あああ!はう!!」
「ずっとお漏らししてる。ほら俺の手もびしょびしょだ。いい匂いがするな…。なあ、観念して俺に犯されてみろよ。この腹の奥まで突かれたらめちゃくちゃ気持ち良いぞ」
「ああう…いやっ…、そんなことは…」
首をふると、桂の美しい黒髪が揺れる。
「いくら意地はってもダメだぜ。どうせお前は遅かれ早かれ俺にこうされる予定だったんだから。でもまあ、初めてのときっていろいろ考えてたけど、人間に横取りされそうになるとは予想外だったよ」
「?」
「あれ、何も知らねえか。まあそうだな。とりあえず終わってから、な」
「ア、」
ついに熱くて硬いものが肉を割り開いて身体の内に入ってきた。指で嬲られてるときは届かなかった、腹の奥にまでそれは一気に突き入れてきた。
「、あーーーーー」
「…、あー、クソ、いい…、なあ、どうだよ?」
「ああ、ん、あ、だめ、お、く、だめっ、」
「気持ち良くねえ?」
「はう…う…いやあ…いい…いいぃ…」
「なんだ?はっきり言えよっ」
「あうっ、あん、あ、いい!!気持ち良いぃぃ!!!お尻気持ち良いぃ!!!」
桂は理性の箍が完璧に外れたようで、観念したようにそう叫ぶと、嬌声を上げながらとうとう自ら激しく腰をふり始めた。
「そうだっ、気持ち良いだろっ、ほらっ、もっと言えよ!!」
「熱いっ、大きいい!!おちんちん気持ち良いい!!気持ち良いよお!!!!あああああん!!!」
「ほらっ、どこがいいんだっ、言え!あんあん言ってないでちゃんと言えよ!!」
銀の狐は桂の細い身体にのし掛かり、容赦のない動きで腰を打ちつける。抱え上げられた細い足ががくがかと揺れた。
「お腹!お腹の奥う!もっと突いてえ!!」
「ほらっ、ほらっ!!」
「あああああ!!!もっとォ!!!」
炎が爆ぜる音と一緒に、しばらく桂の嬌声と肉を打ちつける音が辺りに響いた。腹の奥で熱いものが弾けた感覚がしたときに、銀髪の狐は快感に泣いてる桂に口付け、舌を吸い、とろりと笑った。
「…これでお前は俺のお嫁さんだよ」

銀髪の狐は、やはり妖狐だった。それもいまは都で祀られているような地位の天狐。名前は銀時と名乗った。
「その名前は俺を助けてくれた尼天狗がつけてくれたんだよね」
布団の中で銀時は桂の黒髪を撫でながら言った。ここは都にある銀時の宮殿の寝所の中だ。一度目の地面の上での契りのあと、いつの間にかここに連れてこられていた。そして身を清める間もなく、もう一度、再度と身体を重ねた。夜明けのうす青い光が見えるころに、ようやく銀時は契りをとめた。
「銀色の髪が綺麗だって言ってさ…」
桂は半分微睡むような心地で銀時に身を預けていた。さんざん愛された身体は節々が痛んだが、腹の奥にはまだ快楽の余韻が滲んでいる。
寝所の中は意外に趣味が良く、柔らかな絹の布団が裸の肌に心地よい。銀時のふさふさの尻尾がときどき桂の脚を撫でてくれるのも。
「…俺は本当は半妖なんだ。母親が人間なんだ。異母兄がいたけど半妖なんてみっともないからって仲間に入れてもらえなくてさァ。ほんのガキだったし、腹減ったし寒いし死んじまうのかなあって彷徨ってたらすげー綺麗な人が拾ってくれたんだ。あんまり力の強くない人だったけどすごく優しかった。妖怪と人間が共存していく方法とかを探してる人だった」
桂は閉じかけていたまぶたをぱちりと開けて、銀時を見つめた。
「俺はその人と一緒にいたかったけどその人は強い天狗に娶られることになっちまって、俺は天狗どもに追い出されたんだ」
「…その人は」
「子供を産んだあとしばらくして死んじまったって聞いたよ」
「…」
「お前、似てるんだ、あの人に」
桂はそっと銀時に絡みつき、ふわふわの銀髪を抱き寄せた。
「…銀時。俺の母は、昔、妖狐の子どもを連れていたと聞いた」
腕の中で銀時が緊張するのを感じた。
「でも父の元へ行くときその子から引き離されたのだと…。それをずっと後悔していた。探しに行きたがっていたと思う。でもたぶん父が絶対に許してくれなかったんだ。もうずっと体の調子も良くなかったし」
「…」
「私にはもう一人大切な息子がいるんですよ、って…何度も言ってた」
「…そっか。知ってたんだな。…鞍馬山に行ったときにお前を見つけて、すぐ気が付いたよ。お前はまだ本当に小さかったけど。お前の父は昔追い出した俺が天狐になったのを知って、まあ、敵に回したくなかったんだろうね、お前を俺にくれるって言った」
桂は傷ついた顔をした。己の預かり知らぬところでそのような取り決めがされていたとは、父がそのような理由で自分を売る真似をしていたとは、まさか考えもしなかったのだろう。銀時は黒髪をかきわけて、白くなだらかな桂の額に口付けた。
「でもさ、約束の日に俺が鞍馬山に行ったらお前は勝手に出て行ったって言ったんだよ。すぐにどこにいるか分かったけど。そんで、人間が近くで戦をしようとしてたから、危ないんじゃないかって見に行ったら、あんなことになってた。間に合って良かったわ」
「…、こんな見た目だから、父が腹を立てて、どこかで修行して強くなってこいって」
「なるほどねえ。それで鞍馬山から離れさせて、どうにか誤魔化そうとしたんだろうな」
「どういうことだ?」
「気付いてないだろうけど、お前は監視されてたんだよ。あの里ぐるっと結界はられてたし、たぶんお父さんの部下だろーな、烏天狗が何匹もこの里を見張ってたよ。お前が鞍馬を離れてからずっとだろうな。心配だったんだろうね」
「えっ…」
「ま、俺ァ天狐っつっても、ほとんど野良の出みたいなもんだからね。そんな得体の知れないやつに大事な息子をあげたくなかったって気持ちは分かるわ」
悲し気に、吐き捨てるように言った言葉に、桂は眉を寄せた。
「そんな…」
「なぁ、お前はどう?俺のこと嫌い?それとも好き?」
「…え…、だって…今日会ったばかりで…、だから…」
「へえ?すごく貞淑なこと言うんだな。…あんなに可愛い姿見せてくれたのに?すげえ気持ち良かったでしょ?」
可愛らしい小さな耳たぶに噛みつきつつ、そう囁くと、桂は真っ赤になって狼狽えた。
「でもお前はもう俺のお嫁さんだからね。これから毎日気持ち良くしてあげるよ」
腕の中に閉じ込めると、桂はまだ紅い顔をしたまま、なにかを囁いた。
「うん?」
「…ずっと会いたいとは思ってた。銀時のことを母様から聞いてから」
「…そうなんだ」
「会えて嬉しいと思った。あの、いきなり、嫁っていうのはびっくりするけど…嫌いではない」
銀時は桂をいっそう強く抱きしめた。

「あー、もしもし?俺は今からかわいいお嫁さんと寝るんだよ。邪魔しないでくんない万斉くん。は?ああ。そうそう、そいつらね。殺さなくてもいいけど腕でも斬ってくんない。ああ、俺の桂にさんざん触ったからさ。あ?知らねーよそんなん。…おう、そういうことで頼むわ」
「だから俺はこれからかわいいお嫁さん抱っこしながら寝るっつってんだろ殺すぞ。あ?高杉かよ。なに?ああ。あー、全滅させちまったかも。烏天狗くらいいいじゃんべつに。なんだよ。仕方ねえじゃん、約束破ったのはあっちなんだからよ。あんなバレバレの身代わりなんかよこそうとしやがって。戦争ねえ。いいんじゃねーの。俺ァ構わねえもん。桂はもう俺のとこに来たし。ほっといて下手に桂にちょっかい出されてもムカつくし。いいんだよ実家なんかなくても俺のところに一生いればいいんだから。里帰りなんてさせるつもりなかったし。そもそもハナからあの親父は生かしとくつもりなかったの。俺のブチ殺すリストのいっちゃん最初に載ってたのー、あとはよろしく。うるせえな殺すぞくそチビ」
「だから俺はもうお嫁さんと寝るの。続きは起きてからにしてくんない。あ、やっぱ起きたらもっかい契るから夕方にしてくれない。これで最後だからな。次はブチ殺すからな。なんだよ陸奥。は?辰馬なんざ好きにブチ切れさせておけよ。なに?鞍馬山となにか契約してたの?あっそ。ご愁傷様。うっせーな、とりあえず落ち着いて甘いもんでも食えよ。あ、そうだ、明日起きたら桂と風呂入るから湯殿の準備頼むわ。それと作っておいた桂の着物とか化粧品も持ってきといて。じゃーな、おやすみー」

まだ姦しい小言を発している部下たちからの式神を払いのけ、朝まで誰もここに来ないように結界を張る。桂はつい数刻前から眠りに落ちて、すやすやと寝息を立てていた。柔らかな吐息を吐き出す桃色の唇をもう一度味わい、口腔を舐めまわす。口を離すと、舌と舌の間に糸が引いた。小さなくちびるは唾液で汚されて、それがあどけない寝顔にひどく卑猥だ。人間で例えるなら12、13になったばかりという見た目だが、桂は妖怪としてもまだ幼かった。

ずっとずっと手に入れたかった。
あの人の忘れ形見だからというだけではなかった。一目みて、囚われてしまったのだ。
美しい黒髪、雪の肌、琥珀の色の瞳。しかし容貌の美しさだけではない。
桂は魂魄が美しかった。
鞍馬ではじめてその魂の色をみて、銀時はやっとずっとずっと探していたものを見つけ出したように感じた。

「だからさァ、俺めちゃくちゃ頑張ったんだよね。野良狐から天狐になるのって予想してたよりすげえ大変だったよ。そもそも俺まだ1000年も生きてねえしさァ」
銀時の場合、父親はその昔各国に名を轟かした大妖怪の妖狐であった。だがその血を引いてるとはいえ、半分は人の血だ。
「どうにか都に潜り込んで、戦いまくって、そんで後ろ盾も出来て、鞍馬行ったら、まさか昔追い払った子狐がそんなえらくなってるとは夢にも思わなかったんだろうなァ。でもお前さえおとなしくくれれば何も皆殺しにするつもりなんてなかったんだよ」
桂の父は鞍馬山天狗の一族の宗家の長にあたる存在だった。鞍馬は数千年そこで天狗だけでほとんど独立した国を築いてきた。つまり桂の父は事実上の天狗の王だ。そこを潰したのだから、いまごろ遺された家臣や分家の天狗どもは怒り狂ってるだろう。どこの一族だって、分家は何かと煮え湯を飲まされ続けてきたのだろうが、それでも天狗は誇り高い妖怪だ。誇りがどうのと言って姦しくなってくるかもしれない。面倒だからやはりぜんぶ潰しておけば良かった。万斉や高杉があんまりにも煩いものだから少し我慢しただけだ。もっとも、都を出る前、彼らには桂の父親を少し懲らしめて桂を貰ってくるとだけ伝えていたから、彼らの言いつけなどすでに微塵も守っていないのだ。
「出世してえらくなったらお前のことも堂々と手に入れられると思ったのに、お前の父親が約束破るからさァ。仕方ねえんだよな」
腕の中ですやすやと穏やかに眠る桂はなんの返事も返さない。いま喋っていることは桂に一切告げるつもりはない内容だ。
「それにしても純粋な子に育ったよねえ。あの親父はお前にろくに戦いの仕方も教えなかったのに、強くなってこいって修行に出されたなんて本気で信じてたし」
天狗の子供は父や兄からそれなりに武闘の訓練を受ける。桂の年頃には他の妖怪たちとの戦に出ていてもおかしくはないのだ。だが桂は、鞍馬の宮の中でひっそりと隠されるように育てられていた。戦の訓練などまるで知らぬようだった。あの父親は桂が母と同じ尼天狗だということにとうに気づいていたのだろう。いつまで経っても雄らしくならないなどととうに分かっていることだ。亡き妻によく似た桂をあの宮の中で花のように育てて、どうするつもりだったか。
そんなことはもうどうでもいい。
いずれにせよ、桂は銀時の腕の中にいるのだ。
「それにしてもあいつもいくら監視役つけててもなんで人里なんかにやるかねえ。おかげで烏天狗始末してる間に、人間なんかにぺたぺた触られちまうハメになったし…。他にとられたくねえ大事なモンだったら、ちゃんとテメーできちんとしまっとかなきゃダメだよなァ…」
桂が父の顔を見ることは二度とない。鞍馬山はまだ血の海が残っているだろう。桂のいた里はすべて焼け落ちただろう。桂は里の人間たちを気に入ってたから、本当は監視役の烏天狗たちをこっそり始末して終わるはずだったのに、運悪く戦をしていた人間たちが攻め入ってきたのだ。桂を凌辱しようとしていたのは都の名のある武将らしかったが、もう武士としては生きられまい。
「まあ、お前はべつに知らなくていいよ」
世界は人の世も妖の世もまだまだ戦乱が続いている。物騒で血生臭い外へなどもう行かせはしない。そんな場所はなにひとつ桂に相応しくないのだから。か弱くて可憐な美しい花嫁。妖怪の力の使い方さえろくに教えられず、ただの人間にさえいいようにされてしまう妖の姫君。桂に似合うように作らせたこの美しい宮殿で、銀時とずっと過ごすのだ。
「それにお前にはここでやることがあるしね。最初の子供は男かなあ、女かな。楽しみだな、桂…」
銀時はそっと桂のまだ平たい腹を撫でた。そこは柔らかく、真珠のような色で、夜明けの光を受けて仄明るく輝いている。こんなに美しい場所で育まれる命に少し妬ましささえ感じた。
おそらく桂は自分が子を孕めることは知らないだろう。
「腹が大きくなるまで内緒にしてようかな。すげーかわいい反応するだろうなァ」

おやすみ、桂。








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