【The perfect world Another】
「銀さんはどうでした」
唐突な質問だった。桂は噛み締めていたくちびるの力を一瞬緩めてしまった。そこから耐えきれぬ嬌声がもれる。新八は何を考えているのかいまひとつ分からない表情で、腰を大きく動かしながら、組み敷いた相手の顔を見つめた。
「あーっ、ひいっ、あっ、ああーっ、あぅ、」
「このままじゃ答えられませんか?」
新八はぴたりと腰の動きを止めたが、桂の腰は快楽で跳ね続け、悶えるままで返答はない。舌打ちして開かせた足を抑えつけた。
「あーっ…、あっ…、あっ……」
「銀さんはどんな風に貴方を抱いてたんですか?俺とは全然違いますか?俺は…どうですか?」
「…、どうしてそんなことを…、」
「べつに…、単なる好奇心です。これって一人ひとりやり方が違うんでしょう?俺のセックスの相手は貴方だけだから他の人と比べようがないけど、貴方は…ずっと銀さんに抱かれていたんでしょう?」
情事から桃色に染まっていた桂の頬が、かっと紅くなる。
「教えてくださいよ、ねえ」

結局その日のセックスは桂が質問にたいしては沈黙を決め込んだので、新八はつまらない気持ちで彼の住居を後にした。どうにか口を開かせようと揺さぶり、乱暴に犯したが、桂は泣いて喘ぐばかりで銀時に関しては一言も口を割らなかった。一方的なセックスが終わったあと桂はすすり泣いたまま全身を痙攣させていた。新八にはそれが、いつかのように果てることができない状態で男に放り出されてしまったのか、それともまたいつかのように絶頂を迎え続けた名残なのかがわからなかったが、そのままにして出てきた。
恋人同士のように、朝まで抱き合って一緒に目覚めるといったようなことはしたことがない。終わったあとはいつもこうして逃げるように去るのが常だった。

桂とは一年ほど前から時々セックスしていて、銀時のことを最中に口に出したのは今日が初めてだった。ずっと尋ねてみたかったが、それを尋ねたことで桂が自分を拒むのではないかと恐れていた。最近は彼が拒むようになろうが、無理やりにでも抱いてやれという気持ちでいた。そんな乱暴な感情を持つようになるとは自分自身に驚くが、そもそもが一番最初の桂とのセックスは強姦だった。

ーそれは銀時が行方不明になってから三年以上が過ぎて、有志たちの手で彼の墓が建てられた日の夜だった。

新八は「坂田銀時」と刻まれたなかなか立派な墓石を見つめていた。月明かりを受けてそれは鈍色に光り、誰かが備えた大輪の菊の花が白々しく、まるで冗談のような光景だった。彼が息耐える瞬間も、その身体が焼かれ骨になる瞬間も見ないまま、ただ墓だけが作られてしまった。こんなもの。この土の下には誰もいやしない。
銀時が生きている、とひたすらに信じていたのは一年が過ぎるまでのことだった。新八ももうほとんど諦めている。それでもあの男のことだから、何処かで…、とふと思うこともある。しかしいずこかで生きてるならなぜこの町に帰ってこないのか。思いはいつもそこで詰まり、その後痛いほどの切なさが襲ってくるのをどうにか耐える。
墓所を去ろうとしたとき、前方からほっそりとしたシルエットがこちらへ向かってくるのに気付いた。背丈は新八とそう変わらないが、よたよた、ふらふらと危なげな仕草でこちらへ歩んでくる。吹いた風がふわりと長い黒髪を舞わせた。甘い匂いが鼻を掠める。
「桂さん?」
呼びかけられて桂は、ぴたりと足を止めて、驚いたようにまじまじとこちらを見る。
「…新八くん?」
「ええ」
「久しぶりだな!一瞬、君だと分からなかった…」
ととと、と小走りで駆け寄ってきた桂のおもては白く、ほの蒼く、甘やかな匂いが強くなる。新八は桂の優美な顔が己の鼻先の少し下にあることに気づいた。
「ああ…背が…、高くなったな。それにとてもたくましくなった…、俺よりもうこんなに大きく…」
桂も驚いて目を見開いた。長いまつげがびっしりと生えて縁取った琥珀の瞳に、一瞬見惚れた。この美しい顔にこうして見上げられるのは心地よい。
「そうですね。最後に会ったの、もう二年は前ですから」
新八は密かに緊張していた。桂とは銀時が健在だったころ、それなりに近しい人だった。あのころもぼんやりと綺麗な姿をしている、とは分かっていたものの、久しぶりの桂の美貌は少し暴力的でさえあった。桂の細く華奢だった体は、己が成長して大人の男になったからか、記憶の中よりもはるかに頼りなく思えた。
「ふふ、大人になったなあ。新八くん」
そう言って桂は目を細めた。三日月に曲がったうすく柔らかそうなくちびるに、目が釘付けになった。

今はどこへいるのか、一度恒道館道場へ尋ねてみたら家を出ているようだったが、と聞かれたので、正直に最近は根無し草でその辺を適当に転々としていると答えると、桂は少し困った表情をした。
今夜は?とくに何処へとも。それなら、うちに来ないか。もう遅いし、今夜は冷えるから…
そんな会話を経て、新八は桂の住まいにいた。木と、い草の匂いのする、静かな木造の屋敷だった。ものの少ない家だった。昔からよく住まいを転々と変えていた桂だが、最近はようやくここに落ち着いているのだと言った。
白疽が蔓延して幕府や政府機関が役立たずになってから、市民たちの大きな助けになっているのは攘夷党だった。桂が指導したのだろう、病院に入りきらない患者を受け入れる臨時の施設を授けたり、引退した医師たちを連れてきたり、もともと市民から人気もあったから、ボランティアの数も多かった。
酒があったら欲しいと言うと、桂は厨から一升瓶を出してきた。頂き物だ、と言った。東北のものだというその酒は美味かった。酒が注がれたうす紫の切子も美しく、それで新八が酒を気に入った様子をみると、桂はまた厨に引っ込んで、大したものがなかったけれど、と惣菜やつまみになるような皿が小さな卓袱台に並んだ。酒を飲むのは新八の少し前からの習慣で、最近ではいくらか飲まないと眠りにつけなくなっていた。
「もう、ハタチになるんだものな。お酒も飲めるようになったんだな」
しみじみと言う桂はひとり沸かした茶を静かに飲んでいる。
「桂さんは飲まないんですか」
「最近…めっきり弱くなってしまって」
ふふ、年かなあ、と苦笑する。老いなど微塵も感じさせない姿だが、少し陰が落ちたような印象があった。前は凛々しく、清廉な印象が強かったが、いまはそういったものはなりを潜めて、儚げで危ういところがあった。
「そういえば、一度すごく酔っ払っていましたよね」
酔っ払って足元も覚束ない銀時に、迎えにくるよう連絡が来ることもたまにあった。そういうときは彼はたいてい銀時と同じくらい酔い潰れた長谷川と一緒だったが、一回だけそこに桂が混じっていたことがある。頬を酒で真っ赤に染めて、店の畳の上に豊かな黒髪を投げ出して寝入っていた。初めて見る姿だった。その波打つ髪の艶やかだったこと!新八はあまり彼を見ないようにして、迎えにきたエリザベスが彼を担ぎ上げて去っていってくれたときには、ほっとした。
「えっ、そんなことあったか?」
「僕が見たとき、桂さん、酔い潰れてすっかり寝ていたから」
「ん…いつだろう…、でもそんなところを見られていたなんて、ちょっと恥ずかしいな」
桂は頬をうっすら桜色に染めて、居心地が悪そうにした。本気で恥ずかしいらしい。新八はその様子をぼんやり眺めながら、この顔が酒で溺れる様を見てみたいと考えた。
「俺ひとりだけ飲んでるんじゃ寂しいですよ。少しくらい一緒に飲みましょうよ」
桂はその誘いに少し逡巡してみせたが、やがて奥から新八が手にしているのと色違いの、淡い桜色の切子を出してきた。瓶から酒を注いでやると、舐めるように一口目を飲む。ふう、と一息ついて、本当に酒を飲むのは久しぶり、と言った。
師走なので花こそないが、月がよく見える庭だった。月見酒だなあ、と桂が言う。部屋の中の灯りはほのかな行燈のみだったが、月の明かりは天頂になると眩いほどに差し込んできた。
めっきり弱くなった、という言葉の通り、桂は酒を猪口に三杯も飲むと、頬が紅く染まり、瞳が潤んできた。頭が重いのか、頸を傾けていて、傾けた拍子に黒髪がさらさらと肩から零れた。昔は背中の半ばほどまでだったと思う髪は、いまは腰につくほどの長さになっている。それは相変わらずまったく癖がなく、月の光でつやつやと漆のように光った。
口数は互いに少なく、ぽつりぽつりと近況を述べ合うだけで、銀時のことや、お互いの深い事情には触れなかった。
「ああ、もう飲み過ぎたみたいだ。もう、」
「そうですか?」
「すこし、くらくらする…」
桂はぼんやりと己の手元の切子を眺め、琥珀の瞳は熱で浮かされるようにとろみを帯びている。新八はその桂の一挙一動を注視していた。とうに新八は酒など口をつけなくなっていて、それよりも桂に杯を重ねるようにたびたび勧め、桂は素直に勧められるままに飲んだ。
「そうですね…、顔が真っ赤だ」
新八はすいと桂の頬に手を滑らす。熱く、なめらかな肌だった。桂は少し身を縮めた。潤みきった瞳がゆらぐのが見えた。
「新八くん?」
ああ、畜生。新八は心の中で舌打ちする。とうとうこの人に触れてしまった!

(それに気付いたのは、銀時がいなくなる数ヶ月ほど前だった。その日は神楽が志村家に泊まりに来たいというので支度させて連れ出そうとしたら、入れ違いで桂が万事屋に来たのだった。手土産に持ってきたシュークリームを半分もらって、彼が家の中に入っていくのを見送った。彼の訪いは稀なことではなく、新八も何も思わずにそのまま家へ戻った。
しかし寝る前に神楽が寝間着を忘れた、あれじゃないと嫌だとゴネるので、新八は真夜中近く万事屋へ戻ったのだ。

明かりは寝室の行燈のものだけついていたので、銀時はもう寝てるのかもしれないと思ってなるべく音を立てないようにこっそりと入った。洗いたてで洗濯機のそばにたたんであった神楽の寝間着を取って、すぐに帰ろうとしたとき、その声に気付いた。
「…あ、…あーっ、ん、あ、あっ」
それは和室からで、か細く、泣いてるような声だった。銀時のものではない。新八は驚いて動きを止めて耳を澄ませた。
「…だめっ、ああーっ、それは…ア!ああ!」
上ずった、掠れた声。新八は心臓が跳ね上がった。こういう調子の声は、聞いたことがある。姉の目を盗んでときどき観る、厭らしいビデオでよく聞くものだ。女の嬌声だ。
「だめ、いや、そこ、ゆるしてっ、あああーっ!銀時っ!」
そこでようやく、銀時が女を連れ込んで情事に耽っているのだと気付いた。そういう相手がいたことに、今まで気付かなかった。和室の襖はきちんと閉じらず、数センチほどの隙間が空いていた。新八はそっとそこから中を覗いた。好奇心と若い性欲が勝り、銀時に悪いなどということは、そのときは考えなかった。
まず目に飛び込んできたのは真っ白でかたちの良い脚だった。つま先が丸まって、ふるえている。脚の持ち主は布団に沈み、そこへ裸の銀時が覆い被さっていた。銀時は激しく腰を動かして、組み敷いた相手を揺さぶる。ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が続く。動きに合わせて、相手は泣き声のような嬌声をひっきりなしにあげた。銀時の影になって顔が見えないが、布団の上に長い黒髪が散らばっていた。銀時の腰の間から伸びてる脚は細く、踝から爪の先まで華奢で、銀時に突き上げられるたびにがくがくと揺れる。
「あーっ、あっ、…あああああ!!!」
一際大きな叫び声がして、痙攣していた細い脚からかくんと力が抜けた。絶頂を迎えたらしい。
「…っおい、先にイくなよ」
ずっと無言で身体を動かしていた銀時が、ようやく喋った。寝起きのときに聞くような掠れ声で、いつもよりずっと低い。
「あ、ごめ、ごめんなさい…」
「声抑えろ、下に聞こえるだろーが…抑えられねえなら口塞ぐぞ。まだ動くからな」
ずいぶん酷い言いようだった。新八は銀時にこういう男の面があったことに驚いた。
「ま、待って、まだ、イッたばかり、ひっ、ああーっ……ん、んん、んーっ」
嬌声は途中でくぐもったものに変わった。口を抑えられているらしい。銀時が再び激しく腰を動かし始める。華奢な肢体を押し潰すのではないかと思うほど、乱暴だった。ばちん、ばちんと、肉を打ち付ける音に混じって、濡れた音が部屋中に響く。
「んー、んー、んんっ、んー、」
銀時が低く唸り、動きが止まる。しばらくして、白い脚の間から銀時の身体が離れた。そこで新八はア、と間抜けな声を出しそうになった。実際には口から出たのは緊張して少し荒くなった吐息だけだった。
(…桂さん?)
布団に横たわっていたのは、女ではなく、長い黒髪の男だった。見間違いでなければそれは、夕方に会ったばかりの桂だった。
銀時とセックスしていたのは、桂だった。
大きく開かされた脚の間から、桃色の性器と、赤く腫れ上がってひくついて、精液を垂れ流している尻の穴が見える。荒く息を吐いて、視線はぼんやりと宙に向けられている。赤く染まった頬には幾筋も涙の後がついていた。半開きになったくちびるからは、唾液と、それに混じって濁った白いものがたらたらと流れていた。
それは、ふだんの桂が見せる凛とした清らかな雰囲気とは程遠い、あまりにも淫猥で、いやらしく、哀れな姿だった。
「ヅラぁ、…良かったかよ?口からザーメン垂れてるぞ」
「はあ…、あ…、うん…、きもひ…い…」
力が入らないでぐったりと弛緩した身体を、銀時が抱き上げる。銀時の雄はまだ上を向いていて、てらてらと濡れて光っていた。呆然とした様子の桂を眺めて、くっくっと低く笑う。体裁もなく乱れた桂に、満足しているようだった。銀時はそのまま、まだ呼吸の整っていない桂に口付けた。そうしてしばらく銀時は桂の口の中を蹂躙するのに夢中になっていたが、ふいにこちらをー、新八が潜んでいる方へ鋭い視線を向けた。それまで熱で熱くなっていた新八の身体は一瞬で冷え、後ずさる。気付かれた、と思った。だが銀時はしばらく鋭い眼光でこちらを睨め付けていたが、ふ、と力を抜いて、視線を腕の中の桂に戻した。一秒前とはうってかわって優しげな瞳をしているのが、見えた。
新八はそこで音を立てないように万事屋を抜け出した。下半身が昂ぶっていることにようやく気付いたのは、家の近くに来てからだ。

家の蔵に忍び込んで、息をついた。真っ黒い空間で、先ほどの脳裏に焼き付いた光景が何度も何度も浮かんでくる。あの細い脚、散らばった黒髪、泣き濡れた琥珀の瞳…、あのいやらしい嬌声!あの、銀時の赤黒くて太いものをあんな小さな場所に入れられて、めちゃくちゃにされて、そして悦んでいた。悦んでいたのだ、桂は!
新八がそれまで知っていた桂の姿といえば、まるで色ごとなど知りませんと言わんばかりの澄ました表情で、欲望に身を委ねたことなど一度たりともないといった雰囲気を纏っていた。あの清廉な、白と縹色のきっちりと着付けた着物の下に、あんな身体を隠して、精液に塗れて、銀時にあんな風に抱かれていたのだ。
いつから?あの二人は幼馴染だ。昔から?ときどき銀時はしきりに神楽を講道館へ泊まるように勧めることがあった。そう回数は多くないが、月に一度はそういう日があった。今日もそうだった。いつも、そうやって神楽と新八を追いやって一人になった万事屋へ、桂を招き入れて、そうしてあんな風にセックスしていたんだろうか。一緒に外食に出かけたり、おやつを食べたりするとき、銀時と桂はいつも隣に並ぶ。だが、そこには淫らな雰囲気など微塵もなかったはずだ。
桂の痴態が再び浮かぶ。瞼をきつく閉じて頭を抱え込んでもあの姿が消えない。銀時に蹂躙されて鳴いていたあの姿。
綺麗だった。綺麗で、おぞましくて、おそろしかった。
下半身の熱はいっこうに収まらず、トランクスを押し上げている。桂の姿はまだ脳裏から消えない。新八は痛いくらい張り詰めて立ち上がったものに手を添えた。頭の中で桂のあの嬌声が響く。哀願するような媚の入った泣き声。男に犯されることが気持ち良くて仕方ないというような、あの声。「新八くん、このシュークリーム、よかったらお妙殿にも」などと、夕方に聞いた桂のいつもの声。あの美しい声音からは考えもつかない、色声。桜色のくちびるから恥ずかしげもなく零れていた唾液と精液。あの人はきっと銀時の雄をあのくちびるで咥えて愛撫したのだ。いつも控えめに湯のみに口をつける、あの形の良いうすいくちびるで、あんなものを舐めてしゃぶったのだ。華奢な脚の間の、力をなくした性器と、色づいた穴。白と、赤と、濁った白。あの場所があんなに美しくて淫靡な人がいるなどと、今日まで知らなかった。
どろり、と掌に熱いぬめった感触がして、そのときようやく姉と神楽を待たせていたのだと思い出した。

それからしばらく、桂の訪いはなかった。神楽はたいそう寂しがっていたが、新八は安堵していた。桂の目の前で平然といられる自信がなかった。ほんの少しだけギクシャクした態度を取った新八を、銀時がどう思ったかは分からない。本当は敏い男だから、新八が情事を見たことに気付いたかもしれなかったが、何も言われなかった。
そして、銀時はいなくなってしまった)

2、
脳裏に少年のころのとある記憶が蘇り、新八はしばらくその思い出に支配されていた。両手から感じる柔らかな感触に引き戻される。
「…新八くん?酔ったのか?」
大きな手で両頬を挟まれた桂は、潤んだ瞳をぱちぱち瞬いた。目の前にいる男が欲情してることになど、とうに気付いているだろうに、まるで知らないふりをしようとしている。新八は苛立った。うすい肩を掴んで畳に押し倒すと、長い黒髪がふわりと舞った。馨しい匂いが押し寄せてくる。何か言う前に覆い被さって、小さなくちびるを吸った。柔らかなそこは甘く、舌を差し込むと蜜のような味が広がった。顔を背けようとしたのを許さず、手で顎を掴んでさらに貪る。柔らかな舌を見つけ出し、吸い付いて、口腔の中を思う存分舐め回した。酒の味が残っていたが、それを凌駕して、甘く脳を酩酊させる桂の唾液の味がする。
「…は、はあっ、し、新八く、んっ、」
一度息継ぎさせてやると、桂は顔を赤くさせてはあはあと荒く呼吸した。きつく合わせられた襟を襦袢ごと乱暴に割り開いて、露わになった胸に飛びつく。平坦で膨らみのない胸を桜色の乳首ごと夢中になって揉みしだいた。
「あっ、はっ、あん、はぅっ、」
乱暴に身体を暴こうとする男の下で、桂は身悶えた。抵抗にすらならない緩慢な動きで、新八を押し除けようとするが、ほとんどの力の入らない細腕は、鍛え上げられた若者の肉体に対して何の抑止力にもならなかった。
「し、新八くんっ、やめなさい…っ」
「…抵抗したいならもっとしっかりしてくださいよ」
「よ、酔っ払っているんだろう?水を持ってくるから、それで、ひぃぃぃっ…!?」
ふっくらと立ち上がり始めていた乳首を思いきり摘み上げると、見当違いなことを口走っていた桂は悲鳴を上げて身体をひくつかせた。
「ああっ…あっ…やめっ…やめて…!ひいい…っ、」
「ここ、弱いんですね」
桂の手は縋るように新八の手にまとわりついてきたが、それを無視して、好き勝手に乳首を弄んだ。すぐに乳首は腫れ上がり、紅くなる。相当に弱いらしく、ふと気付くと桂は涙まで流して悶えていた。新八は腫れたそこを吸う。
「ああーっ…、」
桂はふるえる手でどうにか新八の髪を掴んだが、全身に回った酒と激しい愛撫のせいで最早引き離せるような力はなかった。さんざん桂に鳴き声を上げさせ、好きなだけ胸を味わったあと、一息ついて顔を上げると、桂はぐすぐすと鼻まで鳴らして泣いていた。まだ。まだ足りない。もっと乱れることができるはずだ。その姿が見たい。この腕の下で身も世もなく乱れる姿を。
新八は脱げかけていた桂の着物を剥ぎ取り、ふるえている脚に手をかけた。桂は下着は何も身につけていなかった。強張り、閉じようとするのを太ももを掴んで思いきり開かせる。柔らかくてなめらかなそこの肌に指を食い込ませる感触は素晴らしく、そして目の前に、かすかにひくついた、熟れた苺のような可愛らしい色をした場所が現れた。新八はこの場所がもっと深く色づくことを知っている。桂はそこをまじまじと見つめられていることに気付いて、さらに真っ赤になってぼろぼろ涙を流した。そっと触ってみると柔らかい。少しだけ立ち上がった性器からとろとろと零れ始めたものを指に塗り込めて、差し込むと、桂は叫んだ。酒を飲んで火照った身体のどこよりその桂の体内は熱く、肉は誘いかけるように指に吸い付いてくるようだった。中を指でこね回すように弄ると、桂の細い身体は跳ね上がり、ますます桂は哀れに泣いた。男の身体をどの程度解せばよいのかなどまったく分からなかったが、桂のそこはじゅうぶんに柔らかく、開いているように思えた。新八は下着の中で硬くなっていた雄を、小さなそこへあてがう。
「ひっ…、し、新八くん…、それは…っ、今なら…今やめたら、許してあげる、からっ、だから、だから、それだけは」
「許す?」
「あっ…あ、いや、」
「べつに、許さなくていいですよ」
それだけ言って、新八は一気に腰を突き入れた。狭い部屋の中いっぱいに、桂の鋭い悲鳴が響いた。
「あああああああっ!!!」
そこは熱くざわめいていて、直ぐに新八に絡みついてきた。狭い肉を強引に割り開いて蹂躙する心地は素晴らしく、新八は夢中になってその温かな穴を穿った。桂は身体をふるわせて泣き喚いていた。痛いのか、苦しいのかと思っていたが、派手に身体を痙攣させて絶頂を迎えたのをみて、それなら遠慮はいらないだろうとばかりにさらに乱暴に奥を突いた。何度も何度も。

二度か、三度か。もしかしたら、もっと。何度桂の中に精液を出したのか、覚えていない。一度目に射精したあと、それが嘘のように陰茎はちっとも萎えなかった。二度目も、三度目もたぶん同じようなものだった。めちゃくちゃに腹の中を掻き回され、突かれ、奥まで蹂躙されて、精液などを腹の奥に何度も出されて、かわいそうに、桂は犯されている最中ずっと泣いていた。泣いて、感じ入って、よがっていた。やめて、許してと合間あいまにうわ言のように口走っていたが、最後の方には自分から腰をふっていた。哀れで美しい姿だった。
ようやく桂の身体から離れると、彼はだらしなく開いた脚を閉じることも出来ずに放心していた。遠慮なくめちゃくちゃに突いた穴からは少し出血していた。尻からたらたらとわずかな血と大量の精液を流し、大股には掴まれていた手の跡が残っている。乱れて散らばった黒髪の中には涙で濡れた小さな顔。新八は精液と桂の体液に塗れた自分の雄を桂の口元に運び、開きっぱなしの口の中に入れた。桂の抵抗はなかった。小さな頭を掴んで動かすと、桂は力なく舌を絡ませてきた。そのまま射精する。白い喉がこくんこくんと動いて、精液を飲み下したのを見る。口から雄を引き抜くと、まだ口内に残っていた精液が涎と一緒に桂の顎と頬に垂れた。
それは、あの夜とよく似た姿だった。新八はその姿を見つめて一度自慰をして、精液は桂の顔にふりかけた。
「…気持ちよかったですか?良かったですよね。貴方、何回もイッてたでしょう。感じちゃったら強姦にならないんですよね、確か」
桂は何も答えなかった。
「それに…貴方だったら酒に酔ってようが、本当に嫌なら俺ぐらい跳ね除けられたでしょう。…少し中、裂けちゃいましたね。今度はちゃんとします」
その言葉に桂はびくりと身体をふるわせた。
「また、来ます。引越しなんてしないでくださいね。俺も…いろいろと、良い友人がいるので、貴方の居場所を突き止めることぐらいはできますけど、面倒だから」
何か言いかけたのを無視して、新八は逃げるように家を出たー

それが初めの一回だった。桂に告げた通り、新八はそれからたびたび桂の家を訪れた。万事屋稼業、という名前でゴロツキを片付けたり薬の組織を潰したりする合間あいまに。二度目に抱いたときには、桂は前ほどの抵抗はしなかった。
一度目のときも二度目のときも、そしてそれからも、二人の間で銀時の名前が出たことはなかった。けれども、新八はずっと、銀時の存在を胸に抱えたまま、桂を抱き続けていた。

「怪我をしているのか」
玄関口で迎え入れられた途端に、そう指摘された。出血はもう止まっていて、痛み止めの薬を飲んだのもあって痛みはさほど強くはない。自己流だが手当も済んで、包帯は黒いコートの下に隠され、傍目には怪我を負っているなどとは気付かれないはずだった。
「入りなさい」
桂はひらりと葡萄色の着物の裾を翻し、すたすたと奥へ進む。どういうわけだが近頃桂はそんな深い紫の着物を着るようになった。黙って奥の部屋へついて入ると、桂は桐の箪笥をごそごそ開けて、救急箱を取り出した。白と赤のファンシーなその箱を開けると、メスやら針やらが見えた。新八は少し後ずさった。桂は箱の中からラベルのない茶色の瓶をいくつか出して、新八に座すように言った。
「傷口を見せてくれないか」
黙って素直に従い、乱雑に包帯を巻いただけの背中を見せる。桂は包帯をそっと緩めると、傷を見てため息をついた。
「縫わないとだめだぞ、これは」
「…」
「そのうち膿んで熱を出す。早めに医者にかかりなさい」
「病院は、嫌です」
口にしてから新八は俄かに恥ずかしくなった。子供のようなことを言っている、と思った。だが病院にはたとえ傷が膿もうが近寄りたくなかった。今まで怪我をしても知り合いの闇医者に習った自己流の手当てでどうにかしてしていたのだ。病院には患者がいる。白疽にかかって今にも息絶えようとしている、哀れな姿の病人で溢れている。
「…では、俺が縫っても構わないだろうか」
「出来るんですか?」
「戦時中はよく…、一応、ちゃんと医者に習ったんだ」
そういえば、銀時もさして大きくない傷跡ならば自分で縫っていたことがあった。新八はそれに気付いたときぎょっとして病院をすすめたが、戦のときはこんなの慣れっこだと返された。縫った傷口はそのあとなかなか綺麗に塞がっていたようだ。
「じゃあ…お願いします」

桂の手際は見事だった。皮膚に塗られた麻酔はさほど効果の強いものではなかったが、新八は皮膚に針を刺されているというのにそれほど苦痛を感じることなく、気が付くと処置は終わっていた。
「…貴方、医者にでもなれば良かったのに」
血のついたガーゼや包帯の残りなどを片付けていた桂がその呟きを聞いて、小さく笑う。この人の笑った顔を久しぶりに見たと思った。昔はよく見ていた。でも昔の笑顔とはまったく違う。昔は桂の美しい横顔に陰など見えることはなかった。
「………君は最近あちこちで揉め事を起こしているようだな」
新八は答えなかった。
「わるものたいじ、と言えば聞こえはいいが…、大勢から恨みを買っているようだ」
なんだ、そんなもの。新八はふんと鼻を鳴らした。この街に残ってるろくでもない輩など、チンピラに毛が生えた程度のものでしかない。確かに今日はたまたま深い傷を負ったが、相手は一人残らず叩きのめした。油断していたのだ。
「君は確かに強い…強くなった」
桂がそっと新八の背中に手を当てる。新八はかすかに肩をふるわせ、そのうっすらと冷たい、柔らかな手をよく意識した。桂は隆起した筋肉が美しい形で青年の身体についているのを眺めた。今や自分よりはるかに広く逞しくなり、大人の男の身体になっている。桂は記憶の中の、まだ細かった、少年らしい首や背中を思い出しながら、そこを撫でた。
じんわりと胸の辺りが熱くなって、新八は自分が桂の言葉に喜んでいることに気が付いた。新八が知る中で最も強い人間の中に、桂も入っている。おかしな話だが、その体を組み敷いて蹂躙するようになっても、新八にとって彼はまだ強い侍であるという認識は変わらなかった。その彼に強くなったと言われたのだ。
しかし、次の言葉でその喜びはかき消えた。
「だけど脆い。…君の強さは、脆い」
次の瞬間、桂を引き倒して覆い被さった。畳の上に艶やかな黒髪が広がる。
「何ですか?それ」
凄んだつもりだったが、組み敷かれた年上の男は、微塵も怯んだ様子もなく、ただ下から気色ばむ年下の青年の様子を落ち着き払った目で見つめた。
「本当にそれは君のしたいことなのか?チンピラを叩きのめして、ろくにお妙殿の元へも戻らない生活を続けるのが…、」
姉のことを持ち出されたくはなかった。桂は姉に会ったのだろうか。もうしばらく家へは帰っていない。姉はここのところボランティアとして白疽患者の世話を病院やかぶき町の寺などでしている。桂の攘夷党が管理する施設だ。新八が帰ってこない代わりに、九兵衞がほとんど泊り込みのように姉のそばにいて、手伝っているようだった。自分は白疽に蝕まれていく人間たちを見ることさえ苦痛で、病院を避けてる有様だというのに、姉は患者たちに毎日向き合っている。
「姉上のそばには…九兵衞さんがいます。俺がいなくても大丈夫ですよ。むしろ、俺がいない方がよほど安全なんだ」
桂は琥珀色の瞳で哀しむべきものを見るように、新八を見つめた。
「君への恨みの矛先がお妙殿に向けられても、確かに九兵衞殿がいてくれるなら彼女は安全かもしれないが…、お妙殿にとっては、君が…家族がそばにいてくれた方が良いのではないか。彼女は哀しんでるぞ」
「…、そんなこと、」
「家に帰って、それからそこで自分のできることをもう一度考えるんだ。護るべきものから逃げている男なぞ、本当に強いとは言えないぞ」
それ以上聞きたくなくて、新八は桂の口を塞いだ。新八にとって苦いことばかり言う口も、舌を差し込んで舐め回せばただ甘い。抗うかと思ったが、桂は大人しくそれを受け入れた。抗うだけ無駄だと思っているのかもしれない。
結局、それからも新八は家へは帰らなかった。

3、
桂に銀時とのことを尋ねてから、10日ほど経っていた。夜、いつものように桂の家を訪れると、常にはない人の気配がした。庭先で隠れて様子を伺うと、玄関口から出て来たのは土方だった。お馴染みだったはずのV字型の髪型ではなく、服も見慣れない黒いスーツを着ている。忘れていたが、真選組は解散させられたのだった。主だった幹部たちがどうしたのかは知らないが、半分以上は白疽が蔓延した地球から離れたと聞いている。その話をしてくれた山崎に、貴方はどうするのかと聞くと、彼は困った顔をして笑い、明確な答えは返ってこなかった。近藤なら今でも姉にちょくちょくと手紙を寄越す。地球にいるようだった。近藤がいるなら、沖田や土方たちも地球に留まっているだろうとは思っていたが、会う機会はなかった。銀時が行方不明になったとき捜索に協力してもらってから、それ以来初めて目にする土方の姿だった。
家から出て2.3歩歩いたところで土方は立ち止まり、振り返る。新八が知っているころより少し老けたようだ。彼ももう30になるはずだ。しかし、相変わらず男前だった。家には、桂の姿は見えるところにどこにもなかった。玄関の軒先にとりつけられた照明に照らされて土方の横顔は、淋し気だった。その家の中に、何か後ろ髪を引きずられるようなものを残してきたのだという雰囲気だった。しばらく出て来たばかりの家を見つめ、土方は去って行った。新八が離れたところに潜んでいることには気付かなかったようだ。
桂を捕まえにきたのだろうかと一瞬考えたが、今の彼には桂を逮捕する権限がない。もう幕臣ではないのだから、捕まえる意味もないはずだ。新八が家に入ると、行燈の灯りに満ちた寝室は無人だったが、敷かれていた布団が乱れていた。それを目にした途端、カッと頭に血が上った。奥からはかすかに水音が響いている。
ガラス戸が壊れるのではないかというほど乱暴に開けて、新八は浴室へ押し入った。
「!?新八く、ああっ!」
シャワーを浴びていた桂が降りかえって驚く。そのまま壁に押し付けて、新八は脚の間を弄った。肉をかき分けると、そこはいつもより紅くぽってりと腫れて、わずかに口を開けていた。
「新八くん、」
「抱かれたんですか」
「…」
「いつからですか?」
「………今日が初めてだ」
新八は桂の身体を無理やりこちらへ向けさせて、頬を強かに平手で打った。ばちん、という音がして、桂が小さな悲鳴を上げてよろける。腕を掴まれていたので床に倒れはしなかった。
「売女」
桂は俯いた。インラン。あばずれ。色情狂。思いつくばかりの陳腐な罵倒をして、新八は桂の濡れ髪を掴んで寝室へ連れて行った。雫のしたたり落ちる白い身体を布団の上に投げ飛ばし、覆い被さった。
「…なんで土方さんと寝たんですか。あの人にも強姦されたんですか?」
桂は黙ったまま、責められるのを拒むように目を閉じている。身体を眺めると、数カ所に見慣れない、新八がつけたものではない、鬱血した口吸いの跡があった。首筋と、胸元と、腹と、太もも。どうしようもなく腹が立った。新八は柔らかく解された穴に指を突き立てる。ぐちゃぐちゃと掻き回すと桂が腰をくねらせた。つい先程までここに男を咥えこんでいたなら、さぞかし敏感になっているだろう。中の肉はざわつき蠢いていた。指を引き抜いて眺めてみたが、てらてらと透明な液体が指に絡みついているだけだった。
「土方さんは中に出さなかったんだ…、飲んであげたんですか?ずいぶん優しく抱いてもらったんですね?」
それとももう風呂で自分で掻き出したんですか?耳元で囁き、耳を舐める。ここは桂の最も弱いところの一つだ。
「ア、ん、ん、や、あーっ…」
「すぐにシャワーを浴びていたのは…俺が来るかもしれないと思ったからですか」
答えてくださいよ、と耳朶を噛む。
「……そうだっ、君が、ああっ、来ると、思った、から…、ア、あああああ!!」
不意を狙って、雄を奥まで突き入れる。肉はいつもより緩んでいて、すぐにこちらに絡みついてくるが、奥までの開き具合で、確かについ先刻まで他の男がいたのだとわかった。
「それで、なんでもないふりをして、俺にも抱かれようとしたんですね…土方さんのを咥えこんで、まだ足りなかったですか。節操知らずな身体だ…いつもみたいに、めちゃくちゃに突いてってお願いしなかったんですか。以外にあの人精力がないのかなァ…、…っ、ああ…すごく締まりますねっ…」
桂は開いた口をぱくぱくとふるわせて、すでに忘我の境地にいた。ふと見ると桜色の性器はくたりと力をなくしたままだが、紅い先端からとろとろとうすい精が出ている。絶頂を一度迎えさせられた肉はうねり、搾り取られるようだった。
「…っまだ、入れだだけですよっ」
「…ア…、…ア、あっ…、あっ……」
「耐え性がないなあっ…、まだ貴方の大好きなこりこりしたところも、奥の狭いとこも、全然突いてあげてないのに」
「いやああ!うっ、動かな、い、でっ!」
「どうしてです?好きでしょ、ここ擦られるの…」
ごちゅんごちゅんと、内臓を押し潰すように奥を穿つ。桂は怒張から逃れようともがくが、脚も腰もがくがくとふるえていて、どうにもならなかった。新八に抑え込まれてさらに深くまで雄を差し込まれると、快感が過ぎたようで、うわ言を口走り始めた。
「ア、ア、や、だめ、変になるっ…、お、く、新八くんのっ、硬くておおきひっ、奥にっ、すごい奥にぃっ、ア、ひ、いやあああっ!!!」
「…っ、俺の、が、好きですか?」
「あ、あ、あん、好きっ、ああああーっ」
「じゃあ…銀さんのとどちらが良いですか?」
「あ、え、ぎんとき…?」
「そうです、銀さんですよ。銀さんにもここたくさん突いてもらったんでしょう?僕の…銀さんより奥に入ってますか?それとも届かない?」
「わ、わかんな、そんなの、」
「分からなくないでしょう?それとも、俺にヤられ過ぎてもう銀さんとのセックス忘れちゃいました…?」
「…っ、」
それは戯れに呟いたことだった。しかしその瞬間、桂の顔つきが変わった。とろりと淀んでいたはずの琥珀の瞳にぎらりとした鋭い光が宿る。
「!!」
「…調子に…乗るなっ…!」
ざわついていた肉の壁が、突然きゅうきゅうと搾り取るように新八の雄を締め付け、あっという間に追い詰められる。抗う間も無く、新八は間抜けな喘ぎ声を出して精液を出した。
「…君は、」
低い声だった。
「君はいったい何がしたい?」
数十秒前の色狂いの雰囲気がまるで跡形もなくなった冷たい顔で、桂は新八を見ていた。
「俺は最初、君が俺を抱いたのは一時の気の迷いかと思っていた。さみしいのだろうと思って、どうにも抗えなかった…」
カッと頬が熱くなる。まるでむずがる幼児にぬいぐるみを与えたのと同じ調子で、桂は自分に身を委ねていたのだ。
「だけど最近の君がしてることといったら、まるで銀時の真似っこだ。木刀を振り回して正義の味方を気取って、…そして、俺に執着している」
「…真似して何が悪いんですか」
「君は銀時にはなれない」
背筋がひやりとした。容赦のない言葉だった。
「……そんなの分かってますよ」
分かっていようが、どうしようもないことがある。銀時の真似事をしている自覚はあった。彼がいなくとも「万事屋」の看板を掲げていれば厄介ごとが向こうからやってくる。真選組も解体されたし、幕府も弱体化していって、血生臭いことに巻き込まれることも、自らそこに突っ込んでいくことも多かった。荒っぽい仕事をこなしているうちは、銀時のことも、離れていった神楽のことも、寂しそうな姉のことも忘れられるような気がした。命を狙われることも多くなったが、それでも万事屋は続けなければならないと思った。銀時が作った場所を彼に変わって守らねばならないと思った。
「分かって、ますよ」
けれど銀時にはなれない。彼のようには人を救えない。かつて銀時の周りにいた人間は皆去ってしまい、新八は彼らを誰ひとり救えやしなかった。
桂のことだって。

ぼたぼたと涙が流れる。ああとうとう泣いてしまったと思ったところで、嗚咽が漏れた。なんてみっともないんだろう。顎から滴る雫がこちらをじっと見上げてくる桂の首元に落ちて流れていく。新八は桂の胸元に縋って、大声を上げながら泣き喚いた。そっと空気の動く気配がして、細くて少し冷たい手が髪の毛を優しく撫でる。母親の掌のようだった。赤ん坊のころ病死した母の、記憶など一欠片もないというのに、そう感じさせるものが、桂の手にはあった。
新八はそうやってしばらく声をあげて泣いていたが、そのうち落ち着いた。桂の手は髪を、背を、優しく撫で続けていた。やがて小さく桂が喋り始めた。
「君は銀時のように…なって欲しくないんだ。銀時は…、強い。俺の知る誰よりも強い男だった。それ以上に優しい男だった。誰よりも…、強くて優しい男だった」
新八は顔を上げて桂を見た。美しくて優しい顔をしていた。いつもいつも彼は美しいが、銀時のことを語っている今このときが、今まで見た中で一際美しいように思えた。この人は銀時のことを愛している。今でも。
「だけれど…、だけど、銀時は、強くて優しい分だけ、いろんなものを背負っていた…背負わせてしまった…苦しいことも哀しいことも…誰よりも…、」
桂はまるで酷い痛みを感じているように、瞼を強く閉じた。何かに耐えているような顔だった。新八は、いつも、何かを護るためにボロボロになっていた銀時の姿を思い出した。それでも、いつだって自分が傷付いたことには拘らないでいる男だった。新八には銀時が何を背負っていたのかはほんの少ししか分からなかったが、桂は全てを知っているのかもしれない。
「強くて優しいということはそういうことだ。いろんな痛みや哀しみを味わっていくことになる。君も強い。これからも強くなる。そして優しい…、さっき、銀時にはなれないと言ったが…、すまぬ…、それはただの俺の望みだ。銀時は大切なものを数え切れないほどなくしてきた。君には…そういう思いをして欲しくないと思った」
落ち着いた声だったが、そこには切実な気持ちがあった。新八はやっと、自分が今でも桂に気にかけられ、本当に大切に思われているのだということに気付いた。
「君は銀時がここに残していった、大切なひとだ。あれの…宝物だ。俺にとっても。俺にそんなことを思われるのは、君には不本意かもしれないが…、」
新八は首を振る。
「俺、貴方に酷いことをしました…、」
そう言葉にしてみると、途端に自分があまりにも卑怯で、酷い男だということを自覚した。なのにどうして桂はこんなに優しいのだろう。桂はいつだって、誰にでも優しかったけれど。
「俺なんか全然優しくない。優しくも強くもない…、」
「そんなことはないよ。…俺にしたことはそんなに気にするな」
謝ろうと思って、新八は顔をあげたが、目が合った桂がそっと指で新八のくちびるを塞いだ。謝るな、と伝えられたように思った。穏やかで、哀しい表情をしていた。
「…銀さんがいなくて寂しいですか?」
桂は一瞬、言葉に詰まったように見えた。しかしすぐに囁くような声で答えた。
「ああ、寂しい。すごく寂しい…、」
細い身体を抱きしめると、桂は素直に背中に手を回してきた。どろりとした眠気が急に襲ってきて、新八は酩酊するような睡魔に身を投げた。
初めて、朝まで抱き合って眠った。





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