さよなら、ヤングスター
「あれ、跡部じゃん。」
視線の先に珍しい人物を見つけた。場所は空港のおしゃれなカフェテリア。新聞片手にコーヒーなんぞをすすっている。相変わらず気取ったやつだなぁと苦笑がもれた。
「よ、久しぶり!」
「なんだ幸村か。」
本当に暫くぶりの再会だというのに跡部はほんの少し眉を上げただけですぐに視線を新聞に戻してしまった。つまらない。
拒絶されないのをいいことに跡部の正面に座る。
「ご注文は?」
「じゃあミルクティーを」
かしこまりました。と馬鹿丁寧に頭をさげると可愛いウエイトレスの女の子はにこにことテーブルを離れた。うん、なかなかいい接客。
「ここの売りはコーヒーだ。紅茶を頼むやつはそういない。」
まだ新聞に目をむけたまま跡部が言った。長いまつ毛。伏せられたまま視線に沿って少しだけ震える。最後にこんなに近くで彼を見たのはいつだったろうか。
「なんだよ、それならそうと早くいってくれればよかったのに。はじめてくるんだから知りっこないだろそんなの。」
ぷうと頬を膨らまして抗議してやると、やっと顔をあげた。
「不細工。」
「うっせえ馬鹿。」
ははっと軽く笑うと新聞をたたんで机に置く。その指先は美しいままだった。
「で、お前は今まで音信不通で何やってたんだよ。」
高圧的な態度。自信家。昔からそうだけど更に拍車がかかったらしい。
跡部の眼がきゅっと細くなった。ずっと前から俺はこの眼が嫌いだった。何もかも見透かすような、隠そうとすることさえ許さない、そんな眼。
「お待たせしました、ミルクティーになります。」
さっきとは違う女の子がことりと俺たちの間にカップを置いた。一瞬跡部の視線がそれて俺もつられてそちらを覗う。彼女の後ろ姿だけが見えた。
「で、何やってたんだ。この俺様をほっておいたんだ。なにかまともな理由があんだろ?」
俺と跡部はなんというか、友達以上の関係だった。いや、それも正しい表現ではない。俺達の間にあった微妙な距離を上手く言い表す言葉を俺は知らなかった。
跡部はたぶん、俺が好きだった。そして俺もたぶん、跡部が好きだった。でも結局、たぶん、だった。きっかけは忘れた。でもなんとなく、本当になんとなく一緒にいるのは当たり前のようなそんな気がしていた。そうやって、なんとなく月日がたって、俺は苦しくなってしまった。その関係に、その距離に。だから彼に何も言わないで遠くへ行った。
「理由なんてないよ。」
「はあ?」
彼の眉間にしわが寄って、俺の嫌いな眼が不快だと主張している。長い指がこつこつとテーブルを神経質そうにたたく。イライラしている時の跡部の癖。
「理由なんて、ない」
跡部が言わなかったんじゃないか、俺が好きだって。お前の力をもってすれば俺の居場所を探すことなんて造作もないことだっただろう。でもお前は追いかけもしなかったじゃないか。
言いたい言葉はたくさんあった。でもそれは言うべきことばではない。
「もう終わりにしよう。」
跡部の中ではもうとっくに終わっているのかもしれないけれど。
「俺はあの時、跡部のことが好きだった。」
もしかしたら今日偶然会うまで俺はまだ彼が好きだったのかもしれない。でも、もう終わった。好きだった。は過去形。
「じゃあ」
それだけ言って席をたった。勘定は跡部に任せたって構わないだろう。俺はちゃんと伝えたから。
跡部がこれから遠くへ行ってしまうこともわかっていた。彼に日本は小さすぎる。きっと今度はどこか海の向こうの国からその名を轟かすのだろう。俺が帰ってきて、彼が行ってしまう。それもまた運命なのかもしれない。
カフェをでて振り返ってみたけれどガラスに反射して跡部の表情は見えなかった。でも彼の前に俺が置いてきた、彼曰くおススメでないミルクティーが残されているのはみえた。もう冷めてしまったかな。きっと彼のお口にはあわないだろう。
彼にも一つぐらい思い通りにならないことがあってもいいはずだ。
なんだかすがすがしい気持ちになって、俺は歩きだした。