chapter.3-8


「お、おい、何の冗談だよ…ジェイク」

 頭が真っ白になる。そんなヴィルをあざ笑うように、ジェイクィズは満面の笑顔を、ようやく鎖を壊し、上半身が自由になったシェスカへと向けた。

「シェスカちゃーん、見えるよね。コ、レ」

 ぺちぺちと、刃が首筋を叩く。嫌な汗が背筋を伝う。

「まあ動けないだろうけど、あんまり抵抗しないで欲しいなあ」

「どういうつもりだよ、ジェイク!」

 なんとかそれから逃れようと、逃げ道を探す。しかし腕を回され、首筋に刃物をぴったりつけられたこの状態では、どうすることもできなかった。

「るせーガキだな、めんどくせ」

 ジェイクィズはそう吐き捨てると、刃物の切っ先を皮膚にくっつける。薄い皮がぷつり、と切れた感覚。痛みよりも、恐怖感や不快感のほうが勝っていた。一気に喉の奥が縮まった感じがする。

「…嘘ついてたのね! 最初から!」

 シェスカは憎悪の篭った瞳で、思いっきりジェイクィズを睨みつけた。

「やだなぁオレ、嘘は言ってねェよ? キミが待ち伏せされてるのはホント。この情報がジブリール発ってのもホント。オレが持ってた地図だってホンモノだぜ?」

「待ち伏せは第五区にあるって…!」

「ん? あるぜ? 第五区にもネ」

 つまり、これは、どう転んでも罠だったのだ。ジブリールが、シェスカを捕まえるための。
 何故、ここまでして彼女を捕まえようとするのだろうか。異変の原因だなんてただの建前で、もしかして、ジブリールは、彼女を追っている奴らの仲間…?

「さて、どうする? あんたが大人しく一緒に来てくれさえすれば、あの少年に危害は加えない」

「…信用できると思ってるの?」

「しなくて結構。まぁ、その場合、彼がどうなるのかはわからないがな」

「……最低ね」

「手段は問うなと言われている」

「……わかったわよ」

 シェスカは降参だ、と言わんばかりに剣を捨て、両手を上げた。
 男は黙ってその手に手錠を掛ける。

「そんなことしなくても行くわよ」

「魔力封じだ。また魔術を使われると面倒だからな」

 しっかりと彼女の拘束を確認すると、男はカツン、カツンと靴底を鳴らしてこちらのほうにやってきた。
 近くで見る彼はどこかで見覚えがある。…そうだ、サンスディアの門で見かけた、他の隊員に指示を飛ばしていたジブリール隊員だ。あの時とは随分と印象が違うが。
 彼は未だジェイクィズに拘束されているヴィルのすぐ目の前まで来ると、表情を変えないままジェイクィズを蹴飛ばした。

「いってぇな!何すんだよ!」

 素早く起き上がって、ジェイクィズは抗議の声を上げた。

「民間人を巻き込むな。減給されたいのか薄らハゲ」

「ハゲてねーよ!! それにこっちのが手っ取り早いっしょ?」

「すまないな。怪我はないか」

「えっ、あっ、はい」

「無視すんなクソったれ!!」

 なおも食い下がるジェイクィズに目もくれず、男はヴィルの手を取る。
 ガシャン! 金属が綺麗にはまる音がした。平たく言えば手錠をはめられた、ということで。

「えっ」

 咄嗟にガチャガチャと両手を動かす。両手首についた金属の塊は、全く外れる気がしなかった。

「ちょっと!危害は加えないんじゃなかったの!?」

「話を聞くだけだが、逃げられると面倒臭い」

 男は短く何かを詠唱すると、くい、と右手の人差し指をシェスカの方へと向けた。すると、彼女の影から更に新たな鎖が現れ、そのままヴィルの影を繋ぐ。どういうことかわからないまま足を動かそうとして、全く動かなくなっていることに気づいた。

「彼はあなたが聞きたいことに全く一切関係無いわ。ただの被害者よ。解放して」

「断るって言ったらどーすんの?」

 いつの間にか立ち直っていたジェイクィズが小馬鹿にするように尋ねる。

「あら、魔術を封じられても、出来ることって結構あるものよ?」

 彼女も負けじとそう返した。ただのハッタリだ。恐らくシェスカも自分と同じ魔術で動けないのだろう。ヴィルでさえそう思ったのだ。彼らにだってきっとばれている。
 しかし、しばらく考え込むように沈黙した男からは、予想外の答えが返ってきた。

「…わかった。ならば丁重に扱おう。地上は夜だ。宿も手配しておく。
 上に着くまでしばらく我慢してくれ。地下で迷子になられても困る」

 この場にいた誰もが、目を丸くして男を見つめた。味方のはずのジェイクィズでさえもだ。

「本当に?」

「リップサービスは苦手なんだよ」

 彼は全く表情を変えない。だが、真っ直ぐに前を見据えるその瞳は、嘘をついているようには見えなかった。









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