chapter.3-6


−−カツン、カツン。

 それは先程ヴィルが指した出口の方から聞こえている。
 シェスカは反射的に左手を剣の柄へと伸ばしていた。それを見たヴィルもまた、ゆっくりと自身の剣の柄を握る。手袋の中では嫌な汗が噴き出していた。

「誰?」

 足音だけが響く中、シェスカの声が何度も何度も反響して、この場を支配した。

 再び足音が響く。赤く淡い光に照らされて現れたのは、一人の男だった。

 長身で細身の男だ。見慣れたオリーブ色の、ジブリールの軍服を着崩しており、左腕には赤い腕章がその存在を主張している。黒く、ぼさぼさした髪を無理矢理一つに纏めて結い上げ、その瞳は気だるげに伏せられていた。そして、その手には幅広の片手剣を鞘ごと紐でぐるぐる巻きにしてぶら下げている。
 男はスゥ、とその気だるげな瞳をこちらに向けた。ブルーグレーの瞳が、ステンドグラスの光を受けて不思議な色に輝いている。

「シェスカ・イーリアス、だな」

 低く、無機質な声。男は静かに口を開いた。

「一緒に来てもらおう。あんたに用がある」

「ねぇ、あなた聞いてた? 私は、あなた誰って言ったつもりだったんだけど」

 シェスカは眉根を寄せると、一気に剣を引き抜いた。その切っ先を男に向ける。しかし、男は刃物を向けられても、全く微動だにしていない。

「それに、あなたに用があっても、私にはないわ。残念ね。さようなら。そこをどいてくれるとありがたいんだけど」

 彼女が畳み掛けるようにそう言うが、男は軽く溜息を吐いただけで、それ以外は何も変わらない。

「どうしてジブリールが、シェスカに用があるんだよ? どうして、シェスカを知ってるんだ?」

 ヴィルが素直に浮かんだ疑問を男にぶつけても、彼は何も変わらない。まるで自分など見えていないように。何も聞こえていないように。

「っ、おい、無視はないだろ! 無視は!!」

 少しかっとして、男に歩み寄ろうとしたが、ジェイクィズに肩を掴まれて止められた。見上げると、彼は緩やかに首を振った。

「用があるなら用件を先に言ってくれないかしら? それに付き合うかはわからないけどね」

 シェスカは切っ先を男に向けたまま、挑発するようにそう言った。おそらくどんなものでも付き合う気がないように見える。彼女の口元が小さく動いたが、何を言ったのか、全く聞こえなかった。
 男はそれに構わずカツン、カツンと靴底を鳴らしながら、ゆっくりと、まっすぐ彼女へと歩みを進める。彼女の剣の切っ先が触れるギリギリのところで、ようやく足を止めた。

「魔物はここ数年間、こんなにも活発に活動していなかった。少なくとも、十年ほどな。しかし、ここ半年の間に、また活発な動きを見せるようになった」

「それが、何?」

 シェスカはまっすぐに男を見据え、その言葉の意図を探ろうとしている。
 魔物と、シェスカ。半年前。どれも彼女に関係があるようなものだ。

「ジブリールは原因究明のため、とことんこの件を調べ上げた。蘇る魔物なんて割とよくあることだが、それがある一定の期間、ある一定の場所に現れるというのは、おかしな話だ」

「…! それって…」

 いつかのシェスカの言葉が脳裏に蘇る。彼女を追っている「奴ら」がいると、蘇る魔物が現れる…。確かそんな話だった。

「そして、その魔物が現れる場所には、ある一人の人間が中心になっていることが判明した。
 赤毛に、剣士のような格好の女。あんたのことだろう?

−−シェスカ・イーリアス」

「−−っ!?」

「そしてジブリールは、異変の原因の可能性が高いあんたの捕縛を決定した」

 男の動きは俊敏だった。それまでの緩やかな動きとは全く対照的で、嘘のように素早くシェスカの左手を掴む。
 しかし、彼女もまた、何かしらを予測していたようだ。掴まれた瞬間、短く叫んだ。


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