chapter.3-4




 扉を抜けた先は階段になっていた。長い長い階段だ。 あまりにも長いからか、途中に休むためにつくられたのであろう広い踊り場が何回もあった。
 ヴィルたちはそれをひたすら上へ上へと登り続けた。地下から地上に出たらしく、壁の隙間から光が漏れ出ている。
 このあたりには魔物はおらず、とても平和だ。

「ところでさ、ジェイクは何でアメリに行こうとしてるんだ?」

 退屈だったので、ヴィルは前から気になっていたことを尋ねてみた。ジェイクィズのことだから、答えが返ってくるとは思っていないが。
 しかし、彼は振り返りながら、んー?と伸びをすると、

「アメリっつーか、フェルム大陸に用があるんだよ」

 アメリはそのついで、と答えた。

「フェルム? あそこって結構危なくないか?」

 パルウァエのあるメエリタ大陸と、それを繋ぐアメリ。さらにそこから長い橋を渡ったところに、フェルム大陸はある。
 数十年程前に三国休戦協定が結ばれているメエリタに比べて、八つもの国があるフェルムは未だ紛争が絶えない地域だ。アメリに一番近い位置にあるカルスという国が、さら東へと侵攻してこようとする彼らを抑えていると聞いている。(それ故に、メエリタ大陸の国とフェルム大陸の国は仲が悪いのだ。)
 最近ではフェルム中部にある国であるシーアが勢いづいているらしく、近々戦争が起こるとか起こらないとか、そういう噂がメエリタ側にも広まっていた。

「危ねぇからこそ行くんだよ。じゃねーと、飯が食えねえからなぁ」

「危ないからこそって、どうして?」

「そりゃ、オレみてぇな傭兵は戦争がねぇと仕事がないからな」

「あら、あなた用心棒とかじゃなかったの?」

 それまでずっと黙っていたシェスカが口を開いた。その声色は少し冷ややかな響きだった。

「似たようなモンっしょ? どっちも依頼を受けて、敵を殺す仕事だ」

 世間話をするように話すジェイクィズに、彼女は思い切り眉を顰めた。虫酸が走る、そう言いたげな表情だ。

「…わざわざ死にに行くなんて、バカなの?」

「あっれー? 心配してくれてんの?」

「違うわよ」

 へらりと笑うジェイクィズは、新しいタバコに火をつけた。階段を紫煙が揺らめきながら昇っていく。
 シェスカは眉間の皺を深くして、ため息を吐いた。

「…戦争は嫌いだわ。何の関係もないくせに、首を突っ込んでくる戦争好きは特にね」

「好きでこんなんになったワケじゃねーのに、ひっでぇ言い様だね」

 ジェイクィズは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

「…そうね。これは私のわがままな考えよ。気を悪くしたなら謝るわ。ごめんなさい」

 彼女はゆるく頭を振ると、また階段を上ることに集中し始めた。
 どうもシェスカは、自分の納得のいかないことや、嫌いなものにはたまに感情的になってしまうようだ。普通といえば普通なのだが、彼女のそれはどこかおかしいというか、違和感を感じていた。

「シェスカちゃんって、たまーになんかあんな感じになるよネ」

 ジェイクィズがこそっとそう話しかけてきた。

「なんつーか、ムキになってるっつーかねェ」

「そう、だな」

「戦争とか紛争なんて珍しくもなんともねェのにさ。昔なんかあったとか聞いてないの、ビルくん?」

「ヴィ、ル! ワザと発音間違えなくていいっての! …はぁ、まぁいっか。知らないよ、何も」

 そもそもシェスカ自身ですら、自分のことをほとんど知らないようなのだから、ヴィルにだってわかるはずがない。仮にわかっていたところで、彼女が自分に話してくれるとも限らない。

「えー? 知ってて隠してるとかそんなんじゃねーの?」

「ていうか、ついこの間会ったばっかりだし」

 もう随分経ったような気がするが、まだ彼女と会ってひと月どころか、数週間ほどしか経っていないのだ。それなりに人となりはわかっても、彼女の事情などはさっぱりわからないし、シェスカもあまり話したくないらしい。
――オレは、シェスカのことを何も知らない。
 知りたいと言えば、彼女はどんな反応をするだろうか。呆れながらも話してくれるだろうか。それとも、思いっきり睨みつけられて拒絶されるだろうか。
 そんなことを考えながら、先を行くシェスカの長い髪が揺れているのを眺めていた。



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