chapter.2-28


「そう、ありがとう。それじゃあ私はこれで失礼するわね」

「えっ、もう出るのかよ? ユゥリアさんの歌聴いてこうぜ?」

せっかく普段は入らない場所にいるのだ。このまま帰るのは少しもったいない気がする。

「聴きたいならあなたはここにいたらいいじゃない。私はいろいろ準備してくるから。明日の朝には出発するつもりだから、しっかり休んどくのよ」

「あ、うん…わかったよ。シェスカもちゃんと休めよ?」

 返事代わりに彼女は左手を軽く挙げると、そのまま店の外へと出て行ってしまった。
 しばらくシェスカの出て行った扉をぼうっと見つめていると、急に頭のてっぺんに重みが降ってきた。

「つれないなぁシェスカさん」

「…ノア、重いんだけど」

 彼はヴィルの頭上に腕を組み、割と遠慮なしに体重を掛けてきている。

「素朴な疑問なんだけど、何でヴィルってあの子と一緒にいるのさ?」

「シェスカが前言っただろ、巻き添えみたいなもんだって」

 更に頭の上の重さが増した。ノワールの上に、ブランが乗っかっているようだ。ものすごく重い。

「なあ、降りろって重…!」

「それは一緒に行くことになった理由だろ? 俺達が聞いてるのは、それでも一緒に行く理由」

 なんとなく、では説明がつかないような気がした。何故だろうか。自分が、記憶喪失で、変な奴らに追われてて、一緒にいるだけで危険だからとか帰れとか言われるシェスカと一緒に行く理由。
 このままパルウァエに戻っても、ヘカテに追い返されそうだから、というのは正直違うように思う。脳裏にはまた真っ白な風景がちらついていた。瞳を閉じれば、差し伸べられた小さなてのひらがはっきりと蘇る。


「…ほっとけないから、かな」

「へぇ。やっぱり君イイ奴だね。なでなでしてやろう」

「オレよりも小さいやつにやられたくない…っていうか!それ撫でてないし揺らしてるから!!」

「ノーアー!お前、俺も揺れるっての!」

「揺れろ揺れろ〜!僕直下型地震〜!」

「ていうか二人とも降りろよ!!」

 ノワールは楽しそうにぐるんぐるんとヴィルの頭に乗せている腕を回す。彼の上にいたブランもまたつられて揺れた。

「あらあら、楽しそうね〜」

 そこへ、準備を終えたらしいユゥリアがやってきた。華やかな、しかし落ち着いた衣装に身を包み、化粧を施した彼女は、先程までののんびりととぼけた彼女とは別人のようだ。

「あら? シェスカちゃんは?」

「明日の準備があるからって帰っちゃったよ」

「そうなの〜。ちょっぴり残念ねぇ〜」

 ユゥリアは相変わらず間の抜ける口調でしょんぼりと眉を下げた。

「まあ、ヴィルくんだけでもゆっくりしていってね〜。あ、よかったら一緒に歌いましょうか〜」

「え、いや、それはちょっと…!」

「遠慮しないで〜さあさあこっちにいらっしゃ〜い」

 ユゥリアはそう言いながら、ヴィルの手を引いてピアノ横のステージへと引っ張り出してしまった。突如ステージに立つことになってしまったヴィルは、瞳を白黒させながら右往左往している。

「ヴィルってさぁ…」

「ああ、ものすごい巻き込まれ体質だな」

「しかも流されやすいね」




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