chapter.2-15


 自分はなんてバカなのだろうと、シェスカ・イーリアスは軽く自己嫌悪に陥っていた。

「ヴィルに当たってどうするのよ、もう最低じゃない私」

 宿のある場所から少し外れた場所に、海の見渡せる広場が設けられていた。シェスカはふらふらとそこにあるベンチに倒れ込むように座った。
 ゆるやかに吹く潮風が頬を撫でる。気分転換にはもってこいだろう。

 今のところ、奴らに追いつかれている様子はない、はずだ。ならばヴィルの言う通り、少しくらい休むべきだとはわかっている。しかし、どうしても目蓋を閉じれば、あの赤い光景が蘇るのだ。あの、忌まわしき光景が。
 それが、彼女を焦らせていた。もし、この街もそうなってしまったらだとか、こんなにもたくさんの人がいるのにだとか、そういったことばかり頭に浮かんでは消えていく。
 わかっている。これは自分が傷つきたくないだけだ。ヴィルだって身内が無事かどうかわからないのに、今こうして自分の事情に巻き込まれている。休息だって欲しいに決まっている。それなのに、自らの事情しか考えずに、本当に私はバカだ、と思考が延々とループを続けて、かれこれ数十分といったところだろうか。(もっと長いかもしれないが)

「はぁ…また眠れそうにないわね…」

 そっと首元に触れてみた。どくん、どくんと脈を打つ感覚が伝わる。そして、ちょうど喉の下あたりにある“それ”が、その脈以上に存在を主張しているような気がして、シェスカの気分はさらに下へ下へと急降下していった。
 目の前を見ると、夜空と同化しそうな黒い海がずうっと広がっている。

「昼にくればいい景色だったのかしら…」

 今見れば余計に気が重くなりそうだわ。とシェスカは空を仰いだ。と、同時に二つの緑色と目が合った。

「あ、こんなとこにいた。探したんだぞ?」

「ひゃあっ!? ちょっと驚かせないでよ、ヴィル!!」

「ごめんごめん。そんなに驚くとは思ってなくて」

 そう言いながらヴィルは気の抜けるような笑顔を浮かべた。

「もう遅いんだし先に休んでていいわよ。私はもう少しここにいるから」

「夜遅くに女の子一人ほっとくわけにもいかないじゃん。それに…」

 そこまで言うと、ヴィルは少し気まずそうに頬を掻いた。何が言いたいのかわからなくて、少し首を傾げる。

「部屋のカギ、シェスカが預かったまんまだし」

「え? 渡したと思うんだけど…」

 反射的にスカートのポケットをまさぐる。親指程の大きさの固い感触。取り出すと部屋のナンバープレートのついたカギがふたつ。思ったよりあの牙が高く売れた上に宿の部屋が奇跡的に空いていたため、二部屋取れたのだ。
 顔に熱が集中していくのがわかる。そういえば食事に出る時、なくしそうだからというので預かっていたのだ。すっかり忘れていた。何が先に休めよ。かっこつけといてこの様とは非常に恥ずかしい。


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