chapter.1-34


「き、記憶喪失って…ここは誰?私はどこ?っていうアレか!?」

「他に何があるのよ。ていうかそれ微妙に間違ってるし」

「でも、その割には妙に落ち着いてないか?」

「そりゃ一年もそのまま過ごしてりゃ慣れるわよ」

 ようやく落ち着いたヴィルは、未だ混乱する頭をどうにか整理する。
 先程は一見真剣に話を聞いていたように見えた彼だが、実はその脳みそは様々なことが続けざまに起こったせいか、処理能力の限界に近かった。
 何度もシェスカに同じ話をしてもらい、ようやく処理が追いついたのだった。

「えーと、つまり、シェスカは記憶喪失で、一年前に何故か遺跡で目が覚めたと」

 そうよ、とシェスカが頷く。

「それで、近くの村で世話になってたところ、あいつらと魔物に襲われた。
 で、シェスカはそれからずっとあいつらから逃げてきてて、今日この町に来たのは、その『器』とか、シェスカ自身のことの手掛かりを探すために、遺跡を目指してたってこと…であってる?」

 ええ。とまた彼女は頷いた。

「じゃ、どうしてシェスカはその、自分の名前を知ってるんだ?記憶喪失なんだろ?」

「この名前が、本当に私の名前かなんて知らないわ」

 そう言って、シェスカは自らの襟の中へ手を突っ込んだ。するり、と出てきたのは、太めの黒いリボンのようなもの。
 高い襟の服を着ていて気付かなかったが、チョーカーをしていたようだ。

「これ、もとはバンダナだったんだけど…」

 差し出されたそれには、すこしほつれているが確かに「シェスカ・イーリアス」と刺繍されていた。

「目が覚めた時につけてたのよ。だから多分私の名前じゃないかって」

 これでようやくシェスカを取り巻くものが繋がったが、やはりまだわからない部分はたくさんある。その一番大きなものはやはり、『器』のことだ。

「『器』って、一体なんだろうな」

「そんなの、私が一番知りたいわ」

 シェスカはすっくと立ち上がると、服についた砂を払う。

「とにかく、ここでじっとしてても埒があかないわ。早く出ましょう」

「あ、ああ。そう、だな」

 ちらりと後ろを振り返る。堅く閉ざされた扉の向こうからは、相変わらず何の音も聞こえない。


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