ありがとう。そう言おうとしたときだ。
カシャン、カシャン。
金属が擦れる音がした。足音のようだ。それに続いて、引きずるような音や床を爪で引っ掻くような音。おそらく、通路の入り口近くまで来ている。
「まさか、あいつら…!?」
「ここの扉を閉めて封印するわ。早く行きなさい」
扉の横に手を当て、ヘカテは素早く何かを唱えた。すると、先程と同じような音を立てながら、ゆっくりと扉が閉まっていく。
「ねぇ、ここずっと一本道だったわ!」
「それが何かしら?」
「逃げ場がないってことじゃない!もしあいつらがこの狭い中に魔物を大量に連れてきたらどうするの!?」
それも、あいつらの連れている魔物は少し特殊だ。急所を突くか、完全に細切れにするか消し炭にするか…そのくらいしか倒す術がないのだ。
「そういえば…!」
「どうするんだよ師匠!?」
シェスカのその言葉に、ヴィルとローランドは動揺を隠せない。シェスカはぐっと唇を噛み締めると、まだほとんど閉まりきっていない扉から身を乗り出した。ヘカテはそれを冷ややかな瞳で見つめる。
「何してるの?早く行きなさいな」
「戦力は必要でしょ。戦うわ。あいつらが来るってことはさっきの人たちはやられたってことじゃない」
シェスカはそう言うと、腰に提げた鞘から剣を引き抜いて構えた。足音はどんどん近付いてきている。
彼女はざっとここにいる人物を見渡した。剣を持っているのは、自分と共に行動していたヴィルだけだった。確かに彼は剣を扱えはするが、あの凶暴な魔物たちが相手となると、心許ない。
彼の師匠であるらしいヘカテは、腰にじゃらじゃらと実験機材のようなものをぶら下げているが、それ以外武器になりそうなものもない。ヴィルの兄弟子のローランド青年に至ってはまったくの丸腰だ。
あまりにも無防備すぎる。本能は、彼らを置いて逃げろと喧しく主張し続けているが、彼女はそれを振り切って前を見据えた。
「アンタの目的はなんなの?ここで私達とのたれ死ぬこと?」
「…違うわ。あいつらの思い通りにさせないことよ」
「……なるほどね」
そう呟くと、ヘカテはシェスカの耳に唇を寄せて小さく告げる。
「できるだけ“アンタ”の意思に従ってあげるつもりだっだんだけど、それだけは叶えてやれないわね」
「…!?あなた、私のこと知って…」
シェスカが目を見開いた隙に、ヘカテは彼女を扉の中へ突き飛ばした。
chapter.1-28
world/character/intermission