chapter.1-24


 遺跡に入るとすぐに、下へ向かう長い階段が続いていた。古い遺跡だ。灯りなどついているはずもなく、とても暗い。階段を下りるたびに、その音があちこちに反響している。
 ローランドが持っていた道具袋の中からランプを取り出したヘカテを先頭に、一行は慎重にその階段を降りていた。
僅かな光に照らされた壁面には、羽根の生えた人物や幻想的な風景が一面に描かれている。

「うわぁ…すげぇ…」

 きょろきょろと周りを見渡しながら、ヴィルは感嘆の声を上げた。それを見て、シェスカは意外そうに目を丸くした。

「中には入ったことないの?」

「ああ、うん。入ってみたかったんだけど、いっつも灯り持ってくんの忘れちゃってさ」

 あはは、と苦笑いを浮かべ、ヴィルはかりかりと頭を掻いた。シェスカは呆れたように溜め息を吐くと、壁画をじっと眺め始めた。その様子は、壁画から何かを探しているようだった。

「あ、そういえばシェスカは何で遺跡に来たかったんだ?」

「……手掛かりが、見つかるかなと思って」

 彼女は壁画から視線を外さずに、小さく答えた。

「手掛かり?なんの?」

「…あなたには関係ないわよ」

 シェスカは肩にかかった髪を払うと、前を歩くヘカテのほうへ声を掛けた。

「まだ質問に答えてもらってません」

「あら、どの質問かしら?」

「さっきの魔術についてよ。詠唱も媒介もなしで発動してたわ。それなのに、どうしてあなたは平気なんですか?」

「魔法ってそういうもんじゃないのか?」

 ヴィルがそう口を挟むと、シェスカは眦を吊り上げて声を荒らげた。

「冗談じゃないわ!“魔法”なんてあるわけがないのよ!魔法は奇跡なの。そう簡単に起きるものじゃないわ!」

「どう違うのか、オレにはさっぱりわかんないんだけど…なぁ、ロー?」

「まぁ…うん。そうだね。――ひっ!?」

 シェスカは二人をギロリと睨む。その鋭い眼光に思わず背筋が伸びる。

「全然違うわ。魔術には理論があるの。あ、どういうものかは聞かないで。口では説明しづらいから。
 必要なものは二つ。まずは詠唱。詠唱は精霊との契約よ。私達の魔力を分け与える代わりに恩恵を与える、そういう契約。それがないと発動なんて無理。
 もう一つは術の媒介。媒介は精霊の力をコントロールするために必要なものよ。自然界に干渉する力を無理矢理集めているから、生身の体のまま使ったりなんかしたら、コアが破裂しちゃうわ」

「“コア”って?」

「魔力の源。人間には心臓にあるわね」

 ヴィルの質問にヘカテは簡潔に答えた。ヴィルは少し考えると、納得したようにぽんと手を叩いた。

「じゃあ、さっきの師匠は詠唱も媒介もナシに魔術を使ったのに、なんにも起こってないから変だってことか」

「ずっとそう言ってるでしょ」

 どうやらこのヴィルという少年は、思っていたよりも少々バカなようだ。シェスカは軽くこめかみを押さえながら、一層深い溜め息を吐いた。

「媒介ならちゃんとあったわよ?」

 ヘカテはそう言うと、シェスカに向かって小さな石を放り投げた。慌てて受け取ると、何かの鉱石のようだ。傾けてみると、光の加減によって色が変わる性質らしい。赤や青、紫に鈍く輝いている。その鉱石の中央部には、ぐるりと何か文字のようなものが彫り込まれていた。

「…魔石?」

「そ。予め術式と私の魔力が刻んであるから、詠唱不要で媒介もこれで充分ってわけ。ちなみに、一回しか出来ないから、それはもうただの石ころだけれど。…納得してくれたかしら?」

 ヘカテは有無を言わせないような口調でそう言った。シェスカはまだ疑り深く魔石を眺めていたが、何を言っても無駄だと思ったのか、軽く肩を竦めてまた壁画を見つめることにしたようだ。
ヴィルはそんなシェスカの横顔が、どこか寂しげに見えた。


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