chapter.1-23


「あ、シェスカ。ちょっとストップ」

「何よ?」

「腕出して」

 ヴィルは腰に連ねているポーチの一つから小さなビンを取り出すと、自らの肩をとんとんと叩いてみせた。
 シェスカはその意図がわからずに小首を傾げる。

「肩、ケガしてるだろ?」

 そう言われてシェスカは改めて自分の肩を見た。途端、すっかり忘れていた鈍痛が彼女を襲う。どうりで思うように動かないわけだ。
 ヴィルはシェスカの腕を取ると、ビンの中の液体を傷口にそっと垂らした。冷たい。思わず体がびくりと反応してしまい、ヴィルはあわてて「ごめん!」と謝った。

「オレが作ったヤツだから、あんま効かないかもだけど…一応な」

 ヴィルはそう言って苦笑していたが、肩の痛みはじんわりと、しかし確実に引いていった。

「…そんなことないわ。これすごく効くのね」

 シェスカが本当に驚いたような顔で言うものだから、ヴィルはすごく嬉しくなって、思わず満面の笑みを浮かべた。
 が、彼はシェスカを見て何かに気付くと、今度はポケットからハンカチを取り出し、先程の薬で湿らせた。そのまま彼女の顔のほうへ近付いてくる。

「ちょ…!?何……?」

 シェスカが反射的に後ずさると、ヴィルはまたも慌てて手と首をぶんぶんと横に振った。

「あ、ああ!ごめん!ほら、顔にも傷あるからさ!女の子が顔に傷残しちゃ大変だろ?」

「そ、それくらい自分で治すわよっ」

 シェスカは少し顔を赤くしてそう言うと、傷のある頬に二本指を当てて短く『治れ』と唱える。
 すると、彼女のしているブレスレットから淡い光が放たれた。その光が収まるとシェスカの頬にあった傷は跡形もなく消え去っていた。

「あ、そっか。シェスカって魔法使いだったっけ?」

「…魔術師よ」

 ヴィルは「じゃあさっきのは意味なかったな」と少し残念そうに微笑んだ。
それを見て、シェスカは複雑そうな顔でほんの数瞬だけ考え込むと、彼に左手のひらを差し出した。

「ハンカチ」

「ん?」

「貸して」

 言われるままヴィルは彼女にハンカチを手渡した。シェスカはそれをしっかりと受け取ると、ケガをした肩にぐるぐると巻き付け、固定する。

「魔法で治さないのか?」

「魔術。あんまり治癒術使うと疲れるの」

 嘘だけど。シェスカは口の中でそう呟いた。せっかくの好意を目の前で無下に扱うほど、彼女は冷めた人間ではない。ただ、素直になれないのが、彼女自身自覚している欠点でもある。

「今度、お金といっしょに返すわね。新しいヤツ」

「いいよいいよ!そのくらい気にしないから」

 お金貸してたのだって忘れてたし、とヴィルは何の屈託なくからからと笑った。今日彼に会ったばかりだと言うのに、シェスカはヴィルがお人好しだとよく理解できた。
 それを言葉に出すと、ヴィルは少し困ったように笑ってみせた。

「ヴィル、あなた本当にお人好しね」

「あはは、よく言われる」

「ちょっとアンタら!何してるの置いてくわよー!」

 遺跡の中からヘカテの声が反響して聞こえてきた。見ると、入り口からすぐ近くにある下り階段の前で、ローランドがこちらに手を振り、ヘカテはずんずんとその階段を下っていっていたのだった。





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