chapter.1-12


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「ヴィル、遅いなぁ」

 パルウァエにある道具屋『アルキュミア』の中。そのカウンターに頬杖をついて、ローランドは独り言のようにそう言った。
彼の弟分であるヴィルは、とにかくお人好しだ。困っている人を見ると、ついお節介を掛けたくなる性分らしい。それも少し病的なレベルで。
先程も一度帰ってきたと思ったら、大事に貯めていた研究費を持ってまた出て行った。
不思議に思って尋ねると、
「ちょっと人助け」
と言って走り去っていったのだ。
そんな大金使う人助けがあるかとツッコミを入れたのだが、ヴィルは聞く耳を持ってくれなかった。

「はっ! まさか何かあったんじゃ…!? 先生!! どうしましょう!?」

もしや変なのに騙されて大変なことに巻き込まれてるんじゃ…!?
 ローランドはその事態を想像して、おろおろと自分の師であるヘカテに助けを求めた。そのヘカテはというと、またかと言った様子で呆れ果てている。
 彼女は商品の手入れをする手を止めて、やれやれと肩をすくめた。

「あいつをいくつだと思ってんのよ。もうそこまで心配する程のガキでもないでしょーに」

「心配ですよ、家族なんですから! 先生だってそうでしょ!?」

「いや、別に」

ヘカテは心底どうでもよさそうだ。
 ローランドはとびきり深い溜め息を吐くと、近くに掛けてある上着を手に取った。
 うん、まぁ、先生がそういう人だって知ってたけども。
 彼女は知ったことではないと言う風に窓の外を眺めていたが、ふいに何かに弾かれたように店の奥へと足早に姿を消した。

「ちょ、先生。どうしたんです?」

 その急な行動に驚いたローランドが店の奥を覗くと、師は水晶玉のようなものに向かって何かを話しているようだった。
そんな奇妙な光景に、彼は小首を傾げながら、彼女の方へ近付いていった。
水晶玉の内側から淡い光が灯る度、若い男の声が聞こえてきた。

「ええ。“アレ”かもしれないわ。近くにいる奴を寄越して頂戴」

『もう向かってるよ。スタイナー隊が二人ほど。まったく、彼の嗅覚はおそろしいね』

「あら、優秀な部下じゃない」

『優秀すぎて扱いに困るよ、ほんと』

「で、今その二人はどの辺り?」

『ちょっと待ってね。確認するから…………そっか。今オルエアの森に入ったらしいよ』

「そう、ありがとう。もし“アレ”だったら連絡するわね」

『うん、待ってるよ』

 そう言い終わると、水晶玉からフッと光が消えた。
 ヘカテはそれを適当な場所に転がすと、そのまますたすたと店の外へ出て行ってしまった。

「先生! 待ってください! 今のなんですか!?」

 ローランドはすぐに追いかけると、彼女の腕を掴んで引き留める。

「ああ、あの水晶? あれはね、同じものを持っていたら相手と会話が出来る術式が刻んである特殊な魔石で…」

「それも気になりますけど、そうじゃなくて!」

「じゃあ何」

「オルエアって、ヴィルが向かった遺跡のあるあの森ですよね? それにスタイナー隊ってジブリールじゃないですか! 何故彼らがそんな場所に…!?」

「そんなことより」
「先生ッ!!」


 ヘカテはローランドの手を振り払うと、鋭い眼光で彼を見下ろした。その威圧感にローランドは思わず閉口する。

「ロー、あんたはこれ持って遺跡の近くで待ってなさい」

 ぽいっと放られたのは、ずっしりと中身の入った道具袋だった。開けてみると、食料に傷薬、ロープにテントまで入っている。

「いつの間にこんなものを…」

「じゃ、そういうことだから」

「何がそういうことなんですか!!」

 ローランドの疑問に一切答える気はないらしく、ヘカテは彼に背を向けて走り出した。ローランドも慌てて追いかけたが、森に入った瞬間彼女の姿は全く見えなくなっていた。

「…どうなってんですか、一体?」

 彼がそう問いかけるも、答えてくれる人物はいない。
 ローランドはまた深い溜め息を吐くと、

「とりあえずヴィルを探して、先生が言ってた遺跡に行くしかない…か」

 ぽつり、と脳天に何かが落ちてきた。その冷たさに思わず変な声を上げそうになったが、何とか踏みとどまる。
 雨だ。それは次第に強くなってきている。
 彼は抱えた道具袋を濡らさないように、急いで森の中へと入っていった。




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