chapter.1-10


 デカガエルの方へ集まった肉片たちは、元の場所に戻るかのようにそいつの体にへばりつき、しばらくすると歪ながらも片手と舌は完全に修復されていた。

「ど、どうなってんだよ、これ!?」

 わけがわからなくてシェスカの方を見てみると、彼女はヴィルとは違う驚きの表情を浮かべていた。
恐怖のような、絶望のような、そんな顔だった。

「……うそ……もう、追いつかれたの……?」

「……シェスカ?」

 そんな顔も、ヴィルが名前を呼ぶ頃には消え去っていて、彼女は気の強そうなそのアッシュグレイの瞳で、歪に復活したデカガエルを睨みつけていた。

「前言撤回よ。こいつは完全に殺さないと、何度でも復活するわ」

「! こいつのこと知ってるのか!?」

「ええ。でも話は後! 急がないと……!」


「急がないと、何ですか?」


 唐突に。ヴィルのものでも、シェスカのものでもない声が聞こえてきた。
 その姿を探して周りを見渡しても、誰も見つからない。

「誰だ!?」

 そう問いかけても、何も反応しない。代わりにぽつり、と雫が落ちてきた。落ちてくる雫の間隔はあっという間に短くなり、気付けば雨になっていた。
 長い沈黙の後、ようやく雨の音以外の音が聞こえた。ぴしゃり、ぴしゃり。その音は、あのデカガエルの方から聞こえている。


「よい、雨の音ですね」


 その声とともにデカガエルの頭の上に現れたのは、フード付きのマントを被った小柄な人物だった。声色から察すると、女性のようだ。
だが、その涼やかな声とは裏腹に、何とも言えない禍々しさを感じて、ヴィルはぶるりと身震いした。
ケバケバしい、毒々しい色をした毛虫が背中を這い回っているような、そんな感じだった。

「なんなんだ、あんたは……?」

「ようやく追いつきました。まったく、山狩りするのは骨が折れましたよ。……駒が何個使い物にならなくなったか……やれやれです」

 そいつはヴィルの問いかけを全く無視で話し続ける。
フードで目元が見えないが、そいつが見下ろしているのはただひとり――シェスカだけだった。

「しかし、そこまでです。早く『鍵』の在処を教えて頂けませんか?」

「知らないって言ってるでしょう」

 シェスカは嫌悪をあらわにして、そう低く返した。
剣を握っているその手は、小刻みに震えている。剣に付けられた鎖が、カチカチと音を立てていた。

「ならば、我々と同行してください。うろちょろされると、とても迷惑なのです」

「だから、それも断るって何度も言ってるじゃない! なんなの、あんたたちは!? 私を追いかけ回して、何がしたいのよ!?」


「先程も申し上げた通り、『鍵』の所在と『器』の同行です。こちらこそ、何度申し上げたらご理解頂けます?」

「私は『器』でもないし、『鍵』が何の鍵かも知らない!」

「自分が『器』でないと、どうしてわかるんですか?

 ……自分の名すら知らないくせに?」

 そう言われると、シェスカは唇をぎゅっと噛み締めた。怒りと、悔しさのようなものがないまぜになっているような、そんな表情だ。


 二人が会話する一方で、オレはとりあえず状況を整理しようとしていた。
 パルウァエで食い逃げした少女――シェスカ・イーリアス。
 彼女に出会ってからまだ一日も経っていないのに、色んなことが起こりすぎて頭が混乱する。体が再生する魔物やら、シェスカを追う謎の人物やら。
 シェスカもシェスカで謎だらけだ。どうして遺跡に? 『器』って? 名前を知らない?

(ああもう、わけがわからない……!)

 ヴィルは必死で順応力の限界と戦っていた。


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