デカガエルの方へ集まった肉片たちは、元の場所に戻るかのようにそいつの体にへばりつき、しばらくすると歪ながらも片手と舌は完全に修復されていた。
「ど、どうなってんだよ、これ!?」
わけがわからなくてシェスカの方を見てみると、彼女はヴィルとは違う驚きの表情を浮かべていた。
恐怖のような、絶望のような、そんな顔だった。
「……うそ……もう、追いつかれたの……?」
「……シェスカ?」
そんな顔も、ヴィルが名前を呼ぶ頃には消え去っていて、彼女は気の強そうなそのアッシュグレイの瞳で、歪に復活したデカガエルを睨みつけていた。
「前言撤回よ。こいつは完全に殺さないと、何度でも復活するわ」
「! こいつのこと知ってるのか!?」
「ええ。でも話は後! 急がないと……!」
「急がないと、何ですか?」
唐突に。ヴィルのものでも、シェスカのものでもない声が聞こえてきた。
その姿を探して周りを見渡しても、誰も見つからない。
「誰だ!?」
そう問いかけても、何も反応しない。代わりにぽつり、と雫が落ちてきた。落ちてくる雫の間隔はあっという間に短くなり、気付けば雨になっていた。
長い沈黙の後、ようやく雨の音以外の音が聞こえた。ぴしゃり、ぴしゃり。その音は、あのデカガエルの方から聞こえている。
「よい、雨の音ですね」
その声とともにデカガエルの頭の上に現れたのは、フード付きのマントを被った小柄な人物だった。声色から察すると、女性のようだ。
だが、その涼やかな声とは裏腹に、何とも言えない禍々しさを感じて、ヴィルはぶるりと身震いした。
ケバケバしい、毒々しい色をした毛虫が背中を這い回っているような、そんな感じだった。
「なんなんだ、あんたは……?」
「ようやく追いつきました。まったく、山狩りするのは骨が折れましたよ。……駒が何個使い物にならなくなったか……やれやれです」
そいつはヴィルの問いかけを全く無視で話し続ける。
フードで目元が見えないが、そいつが見下ろしているのはただひとり――シェスカだけだった。
「しかし、そこまでです。早く『鍵』の在処を教えて頂けませんか?」
「知らないって言ってるでしょう」
シェスカは嫌悪をあらわにして、そう低く返した。
剣を握っているその手は、小刻みに震えている。剣に付けられた鎖が、カチカチと音を立てていた。
「ならば、我々と同行してください。うろちょろされると、とても迷惑なのです」
「だから、それも断るって何度も言ってるじゃない! なんなの、あんたたちは!? 私を追いかけ回して、何がしたいのよ!?」
「先程も申し上げた通り、『鍵』の所在と『器』の同行です。こちらこそ、何度申し上げたらご理解頂けます?」
「私は『器』でもないし、『鍵』が何の鍵かも知らない!」
「自分が『器』でないと、どうしてわかるんですか?
……自分の名すら知らないくせに?」
そう言われると、シェスカは唇をぎゅっと噛み締めた。怒りと、悔しさのようなものがないまぜになっているような、そんな表情だ。
二人が会話する一方で、オレはとりあえず状況を整理しようとしていた。
パルウァエで食い逃げした少女――シェスカ・イーリアス。
彼女に出会ってからまだ一日も経っていないのに、色んなことが起こりすぎて頭が混乱する。体が再生する魔物やら、シェスカを追う謎の人物やら。
シェスカもシェスカで謎だらけだ。どうして遺跡に? 『器』って? 名前を知らない?
(ああもう、わけがわからない……!)
ヴィルは必死で順応力の限界と戦っていた。
chapter.1-10
world/character/intermission