chapter.5-25


 そのすぐ後、遠くからこちらへ呼び掛ける声が聞こえた。すっかり視認できるほどに近付いた船から手を振っているのは、ソルス・マノの人たちだろうか。
 イリスは彼らに応えるように、満面の笑みで大きく手を振っている。
 彼女たちを見守るように見つめるサキとベルシエル。
 ジェイクィズは今回の件で船員たちと仲良くなったらしい。わいわいとなにか話し込んでいる。
 そんな様子を少し離れたところで、ヴィルはぼんやりと眺めていた。

「……どうしたの? 浮かない顔して」

 シェスカが不思議そうに顔を覗き込んでくる。心配して見に来てくれたようだ。

「あ、いや……。……もし、オレが飛び込んでなかったらさ、イリスは助からなかった代わりに、船員さんたち海に落ちなかったんだよなって、思って……」

 自分でもうじうじしていると思う。けれど、犠牲者の数を船員たちから聞いた時から、考えずにはいられなかった。
 こうしてイリスも、ソルス・マノの人たちもみんな無事だったのに、こちらは三人海に落ちて、捜索すら困難で、無事かどうかも絶望的で。
 もっと上手く……例えばヴィルではなく、サキやジェイクィズがあそこへ飛び込んで、イリスを助け出したなら、結末は変わっていたのかもしれない、と。
 正直に思うところを打ち明けると、シェスカの瞳がすっ、と細められた。怒っているような、そんな視線。

「後悔してるの?」

「……たぶん、ちょっとだけ」

 苦笑混じりに答える。誰もこの事について、よくも軽率な行動をと、ヴィルを詰ったり責めたりしないのが、逆に堪えていた。
 そんなヴィルを見ていたシェスカは、ゆっくり息を吐くと、静かに切り出した。

「……船の旅ってね、本当はもっとずっと危険なんだって」

「?」

「嵐なんて日常茶飯事で、遭難だってよくあること。数日風が来なくて船が動かない、なんてこともあるし、病気が船の中に蔓延してみんな死んじゃうことだってある。本で読んだことがあるわ」

「シェスカ?」

 前を、晴れた空の下に広がる海を見つめたまま、シェスカは続ける。

「誰が死んでも、おかしくないのよね。本当は。私でも、あなたでも。船員さんだって。
 海に関わる以上、私たちとは比べ物にならないくらい、そういうことに対して、重くて辛い覚悟をしてるんだと思う。
 あ、だから、死んだってしかたないって言ってるんじゃないのよ?」

「……うん」

「あなたが助けたから。助けるって選んだから、イリスはここにいるの」

「……うん」

「助けたことを後悔して、助けなかったことを後悔してたら、きっと、誰も浮かばれないわ」

 シェスカはそう言うと、ぎゅっと組んだ腕に顔を埋めた。
 これはシェスカなりに、励ましてくれているのだろうか。ただ苛立っただけかもしれないけれど。少しだけ、重苦しいものは軽くなっていた。

「……そう、だな。うん。ありがとう」

「なんでお礼言ってるのか、わからないわね」

 シェスカはそのまま目蓋を下ろして、潮風を受けている。ヴィルもそれに倣って、目蓋を下ろした。
 遠くに喜びの声が聞こえる。
 二人はそれを聞きながら、ただ黙って目を閉じていた。

 まるで、黙祷のように。


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