そのすぐ後、遠くからこちらへ呼び掛ける声が聞こえた。すっかり視認できるほどに近付いた船から手を振っているのは、ソルス・マノの人たちだろうか。
イリスは彼らに応えるように、満面の笑みで大きく手を振っている。
彼女たちを見守るように見つめるサキとベルシエル。
ジェイクィズは今回の件で船員たちと仲良くなったらしい。わいわいとなにか話し込んでいる。
そんな様子を少し離れたところで、ヴィルはぼんやりと眺めていた。
「……どうしたの? 浮かない顔して」
シェスカが不思議そうに顔を覗き込んでくる。心配して見に来てくれたようだ。
「あ、いや……。……もし、オレが飛び込んでなかったらさ、イリスは助からなかった代わりに、船員さんたち海に落ちなかったんだよなって、思って……」
自分でもうじうじしていると思う。けれど、犠牲者の数を船員たちから聞いた時から、考えずにはいられなかった。
こうしてイリスも、ソルス・マノの人たちもみんな無事だったのに、こちらは三人海に落ちて、捜索すら困難で、無事かどうかも絶望的で。
もっと上手く……例えばヴィルではなく、サキやジェイクィズがあそこへ飛び込んで、イリスを助け出したなら、結末は変わっていたのかもしれない、と。
正直に思うところを打ち明けると、シェスカの瞳がすっ、と細められた。怒っているような、そんな視線。
「後悔してるの?」
「……たぶん、ちょっとだけ」
苦笑混じりに答える。誰もこの事について、よくも軽率な行動をと、ヴィルを詰ったり責めたりしないのが、逆に堪えていた。
そんなヴィルを見ていたシェスカは、ゆっくり息を吐くと、静かに切り出した。
「……船の旅ってね、本当はもっとずっと危険なんだって」
「?」
「嵐なんて日常茶飯事で、遭難だってよくあること。数日風が来なくて船が動かない、なんてこともあるし、病気が船の中に蔓延してみんな死んじゃうことだってある。本で読んだことがあるわ」
「シェスカ?」
前を、晴れた空の下に広がる海を見つめたまま、シェスカは続ける。
「誰が死んでも、おかしくないのよね。本当は。私でも、あなたでも。船員さんだって。
海に関わる以上、私たちとは比べ物にならないくらい、そういうことに対して、重くて辛い覚悟をしてるんだと思う。
あ、だから、死んだってしかたないって言ってるんじゃないのよ?」
「……うん」
「あなたが助けたから。助けるって選んだから、イリスはここにいるの」
「……うん」
「助けたことを後悔して、助けなかったことを後悔してたら、きっと、誰も浮かばれないわ」
シェスカはそう言うと、ぎゅっと組んだ腕に顔を埋めた。
これはシェスカなりに、励ましてくれているのだろうか。ただ苛立っただけかもしれないけれど。少しだけ、重苦しいものは軽くなっていた。
「……そう、だな。うん。ありがとう」
「なんでお礼言ってるのか、わからないわね」
シェスカはそのまま目蓋を下ろして、潮風を受けている。ヴィルもそれに倣って、目蓋を下ろした。
遠くに喜びの声が聞こえる。
二人はそれを聞きながら、ただ黙って目を閉じていた。
まるで、黙祷のように。
chapter.5-25
world/character/intermission