chapter.5-20


 シェスカの戸惑った声が響く。そんな中、

「――『こんがり丸焼き! 赤く赤く燃え上がれッ』!!」

 いち早く動いたのはイリスだった。素早く展開された魔方陣と赤い花のピアスが、イリスの紡ぐ詠唱に呼応するように、強く光を放っていく。

「《オルノジャーマ》!!」

 彼女が両の拳を打ち合わせると、それを合図にドーム状の炎が、蟲の体躯をすっぽりと包み込んだ。蟲はすぐさまに身を捩り、そこから抜け出そうと動き始める。それに気付いたシェスカは、イリスに続けと言わんばかりに剣を蟲へと突き出して、叫んだ。

「『汝は猛き焔! 何者をも逃さぬ紅の番人!』」

 小さな魔方陣が蟲を逃がさないように、点々と囲み始める。

「『この牢獄へ繋ぎ止めよ!』――《カルケルフラム》!!」

 ぼっ、と魔方陣から炎が巻き起こった。どこか獣のようなシルエットをしたそれは、イリスの炎に噛み付くように混ざり合い、より大きく、凶悪なまでの熱で蟲を焦がしていく。離れた場所にいるヴィルでさえ感じる、圧倒的な熱量。しかし、蟲は炎の中で躍るように身をくねらせ、火勢の弱い方へと逃げていく。

「サキ!」

 シェスカの声を合図に、サキはまた魔術で剣を創り出すと、蟲へ向かって高く飛び上がった。蟲の頭上を覆っていた炎が晴れ、そこから逃げ出すように頭をもたげて――――


 その頭を、サキ・スタイナーが一気に叩き割った。


 まさしく、両断。
 斬られた断面を、追い討ちをかけるように解けた剣の糸が抉るように削っていく。さらにそのカケラは、イリスとシェスカの炎で残らず消し炭になっていった。
 残ったのは、未だに残るわずかな炎と、その中に立つサキのみ。

「今度こそやったのか!?」

 尻餅をついたままの状態で少し前のめりになりながら、ヴィルは歓声を上げた。それにピースサインで応えるイリス。彼女は額に浮かんだ汗を軽く拭って、隣で剣を収めているシェスカの方を覗き込むように見上げた。

「にしても、姉ちゃんえっげつないなぁ……! 今のんあたしの術に合わせて補強までしとったやろ?」

「ま、まあ? 魔術師だもの。これくらいはね?」

 シェスカは少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまう。どうやら褒められて照れているらしい。耳が少し赤くなっていた。

「兄ちゃんとも息ぴったしやったしなぁ!」

 ぴくり。その言葉に固まるシェスカ。さっきよりも眉間の皺が深くなる。不本意なのだろう。けれど言い返す言葉が浮かばない、という様子である。

「――ごほん。とにかく、これで核は壊れたわけよね。これからどうなるの?」

「この空間が崩れる……はずだが――」

 サキは注意深く周囲を見渡した。彼の表情は変わらず読めないものの、ぴんと張り詰めた険しさを滲ませている。
 少し待っても、何も起こらない。どういうことだろうか、とシェスカとイリスが顔を見合わせた。ヴィルもまた、注意深く自分の周囲を確認する。
 ばらばらに散った繭の残骸。――これを斬ったサキによると「手応えがなかった」らしい。
 蠢いていた黒い塊は、本当にあの蟲だったのだろうか。
 地面に手のひらをつけたままだった腕を持ち上げると、にちゃ、と粘度のある水音を立てて、地面と手のひらに糸を作り出す『透明な液体』。


 ぞわ、と。肌が粟立った。


 なら、さっきの蟲は――――?
 あの蟲の中に詰まっていたのは、『透明などろりとした粘液』だった。そう思い返した時、頭の中の欠けていたパズルのピースがぱち。と音を立てて嵌る。
 もしそうであったなら、この中で今、誰よりも危険な場所にいるのは――――オレだ。
 ヴィルは千切れた繭の残骸へ、手のひらよりも少し大きいほどの、一番大きく残るそのひとつへ、おそるおそる銃口を向けた。

「ヴィル? どうしたの?」

 心配を滲ませた表情でシェスカが尋ねてくる。心臓がうるさいほどにどくどく跳ねていた。目の前のものに目が離せない。銃を握る手と反対の手を向けて、

「来ちゃダメだ」

 と、自分でも驚くほどに掠れた声で制するのが精一杯だった。
 全員が息を飲んでヴィルを見つめる。その気配を感じて、ヴィルは自分の脳に浮かんだ考えを打ち消したくて、けれどそれは当たっているという確信を持ちながら、銃を握る手に力を込めた。
 核は確かに、サキの手で粉々にされた繭にあった。けれど、それは巨大な繭に対してあまりにも小さかったのだ。


 だから、すり抜けた。


 巨大と呼べるその大きさに似つかわしくないほど、それは小さかった。
 繭の残骸を、銃口で捲りあげる。
 黒々とした拳大のそれは、魚の卵によく似ていた。ぶよぶよとした表面の中に丸く、黒い何かが蠢いている。そしてそれはどくん、と脈打つように跳ねると、


 ぎょろり。


 目が、黒を割るように現れた。


「――――――ッ!?」

 反射的に引鉄を引いた。一発、二発! 弾は黒い塊から少し逸れて、柔らかい地面を不快な湿った音と共に抉る。驚きと、恐怖、それから一発目の反動で手元が大きく狂ったのだ。あんなに近くで撃ったのに……!


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