chapter.5-18


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 一方その頃。これまでの気味の悪い道が終わり、ヴィルたちは広い場所に出て来ていた。これまで進んでいたのが気管ならば、さしずめ器官、といったところだろうか。太い血管のようなものが壁面に走り、高い天井までびっちりと網を巡らせていた。どくん、どくん、と脈打つ網は、この空間そのものを揺らし、粘度のある水音を立てて、よりこの場所の気持ちの悪さを強調している。

「これが――核か……!?」

「ああ。間違いない」

 サキの手のひらに浮かぶ球が、目の前に立ち塞がる「それ」に向かって、眩い光を放っていた。
 広場の中央に鎮座する巨大な「それ」は、一言で言うならば異質だった。

「なんやこれ……?」

「繭……かしら……?」

 黄ばんだ、粘度のある糸が幾重にも重なった楕円状のものが、その糸を床に壁にと伸ばし、宙に浮いている。その様子はシェスカの言う通り、繭にも近い。壁の赤黒い内臓のような色と、糸の黄ばんだ白とのコントラストは実に気味が悪い。

「でも、なんか不自然だよな? さっきまでオレたちがいた森なら自然だったけど……」

「確かにそうね。違和感……っていうか」

「核や、言うから心臓みたいなの想像してたわぁ」

 つんつん、とイリスは壁面の糸をつつく。古いものなのか、少し水分が抜けて乾燥している。が、粘ついているのは変わらないのか、グローブに付着した糸は劣化したゴムのようにこびり付いた。
「キモッ」と言いながらイリスはそれを壁で拭う。
 ……その壁もなかなかに気持ち悪いものであるのは、黙っておいた方がいいのだろうか。

「あれを壊したら、ここから出られるんだよな?」

「恐らくは。気を抜くなよ」

 サキは「持っておけ」と、ヴィルに自身の銃を投げて寄越した。危うく落としそうになるのをなんとか受け止める。

「危なくなったら敵に向かって引鉄を引け。弾は六発。実弾じゃないから死ぬことはないが、味方には向けるな」

「ちょっ、いきなり投げるなよ! 危ないなぁ!」

 うっかり指が当たって引鉄が動いたらどうする気だ。などという抗議をしてやろうかと思ったが、サキはそういったものは無視するだろう。ヴィルはそこはかとなく自分の師を思い浮かべながら、仕方なくグリップを握った。サキが持つとかなり小型のものに見えたが、それなりに重さがある。

「なんでオレに渡すんだよ?」

「丸腰だと心許ないだろう」

「それだとあんたが丸腰じゃない?」

 と、シェスカが指摘する。見れば、サキもヴィル同様に自分の剣を置いてきたようで、彼が持っていた武器は先程の銃だけだ。

「問題ない」

「あ、そ」

 至極どうでもよさそうである。相変わらずこのふたりは相性がよくないらしい。というか、シェスカが一方的に意識しているように見える。顔すら見ようとしないあたり、さっきまで二人で行動していたときに何かあったのだろうか。
 いや、シェスカがサキの顔を見ようとしないのは今に始まったことではない。船に乗る前から、シェスカはサキのほうをちゃんと見ていない。顔を合わせようとしないのだ。
――どうしてなんだろう。ヴィルはそんな彼女の様子に首を傾げていた。
 いくら出会い頭がよくなかったとはいえ、今のサキは味方で、ジェイクィズのようにベタベタするわけでも、そもそも会話が少ないから、なにか余計なことを言ってもいないだろうに。

「あのさ、シェスカ……」

「なによ」

 話し掛ければ、やっぱりちゃんとこちらを向いてくれる。特別機嫌が悪いというわけでもないらしい。状況が状況だけに、少しだけ殺気立ってはいるが。

「あ、いや、なんでもないよ」

「そう? それじゃ、さっそくアレ壊してとっとと出ましょ」

 もううんざりだと言わんばかりに、彼女は腰から剣を引き抜いた。じゃらりと鎖と魔石が音を立てる。そして魔術を詠唱しようと目蓋を下ろし、息を吸った時だった。

「なあなあ。あたしの気のせいやったらええねんけどな?」

 ちょいちょい。イリスがシェスカの肩を軽くつついた。その視線はしっかりと繭の方へと注がれている。なにごとか、とシェスカがイリスに向き合うと、彼女はシェスカをつついていた指先を繭へと向けた。

「なんか出てきそうな感じやで?」

 その言葉と同時だった。

 みし。

 黄ばんだ繭に亀裂が走った。


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