chapter.5-15


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「あ――――!! もう! どうなってんだよコレ!!」

 一方その頃のジェイクィズは、顔に叩きつけられる水飛沫を乱暴に拭いながら、ぐらぐら揺れる甲板で海を見ていた。

「なんで急にこんな……!?」

「説明は後だ! 救難信号今すぐ出せ! それから、オメーらそこの奴ら落ちねーようにしろよ!」

 慌てふためく船員に、今なお眠り続けるヴィルたちを指す。とにかく現状の把握をするべきだ、とジェイクィズは腐り落ちた船縁から、身体を乗り出してみる。――水面近くに何やらうっすらと影が見えるものの、それが何かまではわからない。

「うわっ!?」

 船がぐらりと傾いた。咄嗟に近くに垂れているロープに掴まったおかげで、なんとか落ちずに済んで胸をなで下ろす。もう一度水面を見ると、ちらりと、巨大な鱗のようなものが見えた。

「あれは――?」

 見間違いでなければ、あれはかなりの巨体の持ち主だ。鱗に包まれた胴体は、恐らくこの船のメインマストよりも更に太いだろう。馬鹿でかいウミヘビか、それともウツボの類か。まだ顔を拝んでいないためそのあたりはわからない。

「おいおい、思った以上に大物だな……!」

 船がぐらつく度に、冷たい海水を頭から叩きつけられる。ジェイクィズは舌打ちをすると、甲板に戻り、備え付けてある斧を持ち出した。かなり小振りだが、ないよりはマシだ。

「バートガル殿、何を……?」

「ちょっとツラ拝ませて貰おうや」

 困惑している船員にそう言って、ジェイクィズは海面から覗くその影に、思い切り斧を投げつけた。弧を描いて見事鱗に突き刺さると、これまで以上に船が大きく揺れる。そしてようやく、その顔が現れた。
 水面からようやく顔を出したそいつは、ウナギのような顔をしており、本来目があるべき場所には何も埋め込まれていない。見たところ、鼻らしきものもなく、のっぺりとした顔立ちだ。えらの近くからひらひらとしたヒレが生えており、それがバタバタと動く度に、その風がこちらまで吹いてくるような錯覚に陥りそうだった。顔を上げた喉のところには、なにやら大きな、紫色をした腫瘍のようなものがぶら下がっている。

「わーお、想像以上」

 思わずそんな言葉が漏れた。蛇のようなものを想像していただけにその不気味さもだが、それ以上にその大きさにも驚きだった。顔の上に寝っ転がれそうな大きさのこの生き物は、顔こそウナギやらウツボに似ているが、身体を覆う鱗から見ると、竜というのが適切のような気がする。
――それなりの間生きてきたつもりだが、こうして竜を見るのは初めてだ。
 ジェイクィズの頬は引き攣って笑みのような表情を作るものの、内心背中を下っていく悪寒でいっぱいだった。

「リ、リヴァイアサン……!?」

「何、お前知ってんの?」

 船員のひとりが、驚愕で瞳を大きく見開いて、水竜を指差している。信じられない、そんなわけがない、そう言っているようだ。

「体長数十メートルに及ぶ海竜の一種です……! 魔力やコアに惹かれてくる、ちょっと変わったヤツで……。でも、この海域にいるわけないんですよ! 本当ならオロッセ大陸付近の深海に生息してるんです!」

「じゃあ、そのリヴァなんとかによく似た何かってか?」

「どう見てもリヴァイアサンの特徴と一致してますよッ!」

「あー、はいはい! じゃあそのリヴァイアサンの弱点とかなんかねェのか!?」

「知ってたらとっくに言ってます!!」

 船員たちは柱や船縁に掴まって、なんとか振り落とされないようにしがみついている。眠っているヴィルたちのほうを見ると、船員の何人かが起こそうと頬を叩いたり大声で呼びかけているが、起きる気配はなかった。ジェイクィズは、こうなったら意地でも起こして彼らに手伝わせてやろうと心に決め、彼らの元へ駆け寄った。

「おっら起きやがれッ! この激マズ激ヤバ状況なんとかすんのが仕事だろうが!」

 まずはそう言って、一番役に立ちそうなサキをがくがく揺らしてみる。僅かに眉根を寄せたものの、目を覚まさない。一発ぶん殴ってやろうかと拳を振り上げると、がっ。と、その手を誰かに掴まれた。ジェイクィズよりも小さく、華奢な手だが、その力は強い。驚いてその手の持ち主を確かめようと振り返った。

「……サキに何する気?」

 不快感を露わにした表情でこちらを睨みつけていたのは、先程まで眠っていたベルシエル・セレーネだった。見たところ別段変わった様子もなく、いつも通りで少し安堵する。

「ベルちゃ〜〜〜〜〜ん!! おはよう!! おはよう!!」

「勝手に呼ばないでって言ってる」

 という言葉と共にぎろりと睨まれた。ジェイクィズにとってはいつものことなので、特に気にしないことにしている。

「すっげー困ってたのヨ〜! こいつら起きねーし!!」

 ベルシエルは情けない声を上げるジェイクィズを無視して立ち上がると、ぐるりと周囲を見渡した。そしてリヴァイアサンの目がない顔を見つけ、「こいつが……」と呟いた。

「リヴァイアサンっていうらしーぜ。なんかわかる、ベルちゃん?」

「イリスに憑いてた悪魔、今あっちにいる。あのおっきいできもの」

 イリス? と首を傾げるジェイクィズだったが、すぐにソルス・マノの少女だと気付いた。それにしてもあのベルシエルが人間の知り合いとは……、とそっちのほうに興味が行ってしまって、彼女の話を聞いていなかった。そのため、ちくりと腹のあたりにナイフの切っ先が当てられるのに気付かなかった。

「話。聞かないなら知らない。それから、呼ぶときはセレーネ」

「あーごめんごめん許してセレーネちゃん!! オレが悪かったからサ、もっかいお願い!!」

「……あのできもの。あそこから悪魔の気配がする。たぶん、イリスに憑いてたのが、リヴァイアサン? を引き寄せたんだと思う」

彼女がそう言って指差したのは、リヴァイアサンの喉元にある腫瘍だ。よく注視してみると、蜘蛛がへばりついたような形のそれは、まるで脈打つようにどくどくと動いている。

「みんな起こすには、あれをどうにかしないと」

「ってことは、アレのせいであいつら眠ってるってこと?」

 ジェイクィズの問いに、ベルシエルは小さく頷いて「向こうからも、核を壊さないとだめ」と付け加えた。

「みんなはね、夢の中なの。リヴァイアサンの夢の中。あのこは寝てるだけで、あのできものの悪魔が操ってる。夢から醒めるには、わたしたちがあの悪魔を切り離して、夢の核を、あっちから壊しやすいようにしないと」

「ベルちゃんが何言ってるのか、まーなんとなーくしかわかんねェけど、とにかくあのキモいできものを狙えってことでオッケー?」

「そういうこと」

 彼女は再び頷くと、ざっとナイフを取り出す。淡く発光する刃は、彼女の魔力から作り出されたものだ。それはつまり、「悪魔」にはよく効くということで。

「口を動かす前に手を動かして。それから、勝手に名前呼ばないで」

「はいはい、りょーかいですヨ〜」

 ジェイクィズはこれから自分のすべきことに頭を抱えたくなりながら、ぐるりと肩を回して立ち上がった。





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