chapter.5-13


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「夢、ねえ」

 深い溜息とともにシェスカは前を歩くサキ・スタイナーの三つ編みを眺めていた。そうでもしていないと、変わりゆく周りの風景に気が狂ってしまいそうだ。

「私たち全員が眠ってて、同時に同じ夢を見るなんてあり得るわけ?」

「魔術的には可能だろう? 夢は他者の意識を繋げやすいからな」

 そう言われると弱い。なんてったって夢をどうこうする魔術なんてそれこそ大量にあるのだ。子供の呪いから占い、大々的な魔術も、たくさんの書物に残されている。

「俺達がヴィルとイリスと離ればなれになったのは、あのふたりが悪魔の影響をもろに受けて、より深い眠りに落ちたからだろう」

「私たちは、セレーネがいたからまだそこまでだったってこと?」

「ああ。恐らく。」

「外からの干渉ってのは?」

「ジェイクィズあたりが、悪魔の本体とベルシエルを近付けたんだろう。それでベルはここから排除されて、」

「この場所の化けの皮が剥がされてきたってわけ?」

 やっぱりこの光景に目を背けるのは無理らしい。先程以上の深い溜息を吐いて、シェスカは辺りを見渡した。
 セレーネがいなくなるまで洞窟のような空間だったこの場所は、今はピンクだったり赤黒かったりする肉のような壁へと変化していた。……最初に感じた感想はあながち間違っていなかったことにがっくりする。それでもまだそこまで恐怖を感じていないのは、ここが夢だとはっきり認識したからだろう。そうでなかったら、今頃パニックだった。

「それにしてもなんでこんな気持ち悪い見た目なのよ……」

「お前を食ってやるぞって決意の現れとかじゃないか?」

 どうでもよさそうな返事が返ってくる。

「今のはただの独り言だから答えないでいいわよ」

「そうか」

 その言葉で会話が途切れて沈黙が続いた。ふたりして黙々と、ただ奥へ奥へと進む。しばらくすると、それまでの道よりも太い場所に辿り着いた。そこからはほとんど一本道のようだったが、毛細血管を思い起こすような細い道とも呼べない通路がいくつか枝分かれしていた。
 ますます気持ち悪い。この調子だと核は心臓のような何かなのだろう、とシェスカは再び深い溜息を吐いた。
 ふと、視線を感じてそちらを見る。サキ・スタイナーが表情の読み取りにくいいけ好かない顔でこちらを見下ろしていた。無駄にでかい身長のせいでこちらが見下される形になるのが非常に癪である。

「……なによ。何か私の顔についてる?」

「……いや、なんでもない」

 彼は短く答えるとまたシェスカの前を歩き始めた。ゆらゆらと、尻尾のような三つ編みが揺れる。

「なんでもないならそんなに見ないでくれる?」

 そんな彼についていきながら、シェスカは首元に違和感を感じて、かり、と引っ掻いた。声に出してから、自分の声色が思った以上に冷ややかなものだと気付いた。どうも調子が狂う。彼に当たりたいわけじゃない。少し自己嫌悪だ。
 サキと話しているとき、何故だかはわからないが、妙に胸がざわついて、焦りのような何かが追い立ててくるようなそんな感覚に襲われる。要するに、ムカつくということなのだが、今この場にはサキしかいないのだから、嫌でも顔を突き合わせるのは致し方ない。

「……あんた、カルスのマックールという名に覚えはないか?」

 サキは顔を少しだけこちらに向けてそう問いかけてきた。その顔を見たくないので、壁のほうへと目を向ける。相変わらず気持ち悪い。あ、ちょっと動いた。なんて頭に浮かんだしょうもないことを追いやって、サキの言葉を確認する。

「カルス? マックール?」

 がり、と首元を引っ掻いていた指に力が籠もった。痛みに反射的に眉をしかめる。
――カルス、というのは見たことがある。地図に書いてあった。国の名前だ。フェルム大陸の一国。確か、アメリから伸びるルクスディア大陸橋を渡った先にあったはずだ。しかし、マックールというのは聞き覚えはない。

「知らないわ」

「本当に?」

 やけに食い気味に返された。ちらりとその顔を盗み見ると、真剣な眼差しとかち合った。思えば、サキ・スタイナーの感情のあるような表情を見たのは初めてだ。

「話したと思うけど、私にはここ一年分の記憶しかないの。カルスに行ったこともなければ最近までそれがどこなのかもわからなかったわ。マックールっていうのも初耳よ」

「………………」

 サキはしばらく考え込むように押し黙る。

「で、それが私になにか関係あるの?」

 関係があるならばこちらとしては知っておきたい。何せ記憶の手がかりなんて何もないのだ。多分あるだろう、とか、きっとあるかもしれない、とか、そういう希望的観測で遺跡を巡っていただけなのである。
 一体自分は、あの遺跡で目覚めるまで、何をしていたのだろうか。
 首元の『それ』を押し潰すように押してみる。確かに『それ』があるという感触以外、何もない。

「いや」

 なんでもない。忘れてくれ。とサキは続けた。

「じゃあ最初から言わないでよ」

 正直に言うと期待したのだ。自分という存在の手がかりを。サキの答えは落胆以外の何物でもない。イライラする。サキの余計な言葉も、その顔も。

「やっぱりあんたムカつくわ」

 面と向かってそう言っても、サキ・スタイナーはそうか。としか返さない。サキに対する理不尽な苛つきへの罪悪感も、彼と会話しているとどうもどこかへ行ってしまう。だからシェスカはこれ以上余計なことを言わないようにきゅっと唇を噛むしかない。
 こういう時に、あの脳天気なお人好し少年がいたら、何も気にせずクッション的な役割を買って出てくれるのに、とそこまで考えてはっとした。
 今の自分は思った以上に、ヴィルに頼っている。巻き込んだくせに、怪我をさせたくせに、こうして今も自分の旅に付き合わせた挙句、危険な目に遭わせているのだ。もっと、しっかりしなくては。


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