chapter.5-10


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「これで全員引き揚げたな?」

 すっかり雨も上がり、海は先程までの荒れ模様が嘘のように穏やかだった。
 そんな中、ジェイクィズ・バートガルは甲板に並んだ五人を見た。
 ベルシエル、シェスカ、サキ、ヴィル、それから、名前も知らない少女が一人。
 全員意識を失ってはいるが、特に大きなケガもなく、呼吸も正常で、海水に濡れていなければ、ただ眠っているだけのように見えた。

「一体どうなってんだァ? なんかの魔術か?」

「さぁ……? 自分にはわかりかねます……」

 引き揚げを手伝わせていた船員たちも、顔を見合わせて首を傾げるばかりだ。
 一番近くに転がっているサキを爪先で小突きながら様子を伺う。いつもなら足首を掴まれて地面に叩きつけられそうなものだが、彼はまるで死んでいるようにぴくりともしない。――まあ、こいつが死ぬとか想像つかねェけど。
 ジェイクィズはどうしたものかとタバコを口にくわえた。さっきの騒動のせいですっかり湿気ているため、もう火はつかないが、ないよりはマシだ。

「そういえば……」

 ふと、船員のひとりが何かを思い出したように声を上げた。

「ここ最近、このあたりの海域に妙な噂があるんです。なんでも、突然嵐になって、海が荒れ、それに飲み込まれると……」

「飲み込まれるとなんなんだよ。勿体ぶんなめんどくせェから」

 怪談めいた話し方をするそいつに釘を刺しておく。男に勿体ぶった話し方をされても苛つくだけだ。タバコがつかない今、余計に。

「飲み込まれてしまうと、消えてしまうんだそうです」

「? 今ここにいるじゃん?」

「あ、まだ続きがあってですね。その消えてしまった人は、また海に現れるんだそうです。新たな犠牲者を求めて……!」

「じゃ、コレに襲われてオレらもそのギセーシャの仲間入りってワケ?」

 アホらしい。怪談としてもよくある話すぎるし、事実ならなおのことあり得ない。その話だと目撃者が即ち犠牲者になっているのだから、こうして噂になることもないはずだ。

「それもそうなんですけど……」

「でも、さっきの嵐はヘンだよな。こいつがこの子見つけたら激しくなって、渦に飲み込まれた途端に収まるなんて……」

 そう言葉を紡ぎながら、ジェイクィズは眠っている少女に目を向けた。正確には、彼女の着ている服に。健康的に日に焼けた肌を覆う黄色いチューブトップには、どこかのギルドの紋章が刺繍されていた。逆三角形を大小の月で形作り、空いた真ん中の空間には、ひとつの星が描かれている。この紋章には見覚えがある。確か、旅芸人のギルドで、名前は「ソルス・マノ」だったか。名前に不釣り合いな紋章だと思っていたから、より印象に残っている。

「どうして、ソルス・マノの子がこんなとこに……」

「そういえば、俺たちが出発する二日くらい前に、ソルス・マノの連中もリエンに向けて出航してたなぁ」

「ああ、そういえば。見かけた気がする」

「ってことは、だ。オレ様たちは例の噂の生き証人ってか? っははは! アホか!」

 そう簡単に怪談やら何かの類に巻き込まれてたまるかっつーの。ジェイクィズは心の中でそう愚痴る。とはいえ、自分たちの現状がその噂と合致している点も少なからずある。
 このソルス・マノの少女がそれだろう。それ以外になにか、おかしな点は……そうだ。彼女を見つける前にあった雲だ。あれを見てから、一番変わった行動をしたのは、ベルシエルだった(もともと変わっているという点は今回は捨て置く)。思えば、あのときの彼女は、すぐに船室に入るように促したり、渦がヴィルの近くに現れる前に警告したり。明らかに何かを感じ取っていた。

 ……――まさか。

「バートガル殿?」

 不思議そうにこちらを見る船員を無視し、ジェイクィズは思い立ったように、眠っているソルス・マノの少女を抱き起こした。その小柄な体躯を持ち上げ、そっとベルシエルの隣へと移動させる。

「一体なにをするつもりなんですか?」

「ちょっと確認」

 ベルシエルが急に起き出さないかを確認しつつ、左手で彼女の手を取る。そしてもう片方の手で、ソルス・マノの少女の手を取った。
 そして二人の手をゆっくりと近づけていく。もうすぐ触れ合おうかというその時、

 バチィッ!!

 黒い火花のようなものがソルス・マノの少女から現れた。まるでベルシエルを拒絶するようなそれを見て、ジェイクィズは予感が確信に変わったのだと理解する。

「バートガル殿!」

「ンだよ、呼ぶときはジェイクィズ様って呼べっての。あと、語尾にはジェイクィズ様かっこいいって付け……」

「あれを見てくださいッ!」

 ジェイクィズの軽口を遮るように、船員は空を指差した。
 そこには、先程を思い出すような真っ黒な雲が、まさにこの船を中心に渦巻いていた。


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