chapter.5-9


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「へえ、じゃあイリスは色んなところを旅してきてたんだな」

「せや〜! そらもう大陸を股にかけてあっちゃこっちゃ行って、行ったことない国はあらへんで!」

「まじでか! すっげぇ!」

 森の中を歩き回りながら、ヴィルとイリスは雑談に花を咲かせていた。イリスはどうも喋っていないと落ち着かないらしく、聞いてもいないのにあれやこれやと話してくれた。その大半はイリスの仲間達の話で、旅芸人である彼らの武勇伝や旅先でのハプニングを面白おかしく語り、ヴィルはそれにひとつひとつ素直な反応を返す。話自体が面白いので全く苦痛ではない。これが話術というものか、とヴィルは実感していた。自分ではこうは話せないだろう。

「まー、あたしが入ったのは一昨年くらいやから、まだ全然行ってへん国もあるんよね。ここ何年かはシーアあたりがめっちゃ物騒って聞くしなぁ」

「シーア? ……ああ、あそこか」

 久しぶりに聞く名前だった。その名前は、ヴィルがまだへカテ・ミーミルに拾われる前――雪に覆われる研究都市の路地裏で、頻繁に耳にしていたものだ。思い返せば、「彼」もまた、シーア国について話していた気がする。「争いは悲しいよ」と、彼はまるで自分のことように、そう零していた。
 シーアというのは、アメリからルクスディア大陸橋を渡り、カルス国を越えた先にある国だ。紛争の絶えないフェルム大陸だが、その主立った原因は、このシーア国があちらこちらに宣戦布告をしているせいらしい。ここ八年近くは戦争と無縁のメエリタ大陸にいたおかげか、すっかりその辺りの知識が埋もれていた。

「あっ、そっか。ヴィルはスイルの人やったっけか。橋渡ると情勢コロッと変わるからあんまし馴染みないよなぁ」

「や、オレ昔はタイタロスにいたから、なんとなくなら知ってるよ。詳しいことは小さかったからあんまりだけど」

「そーなん? あたしもミナにずっとおったから、その辺とは無縁やね。あたしが行ったことあるんは、ルイーンとカルス、あとウルンもちょっとだけ行ったかなぁ……あ、そうそう! ヴィルはドワーフ族見たことある?」

 イリスはそれから、これまで行った国や街について色々話し始めた。シーア国にあまりいい印象を持っていないのか、話題に挙げることはしなかった。ヴィルもそれに合わせて、暗い話題を払拭するように明るい声で相槌を打った。
 こうして話しながら歩いて、結構な時間が経った気がする。頭上を見上げると、木陰に遮られながらも、太陽は変わらずヴィルたちを照らしていた。

「……?」

「どないしたん?」

 急に足を止めたヴィルを不思議に思ったイリスが、小走りでこちらへやってくる。

「なあ、イリス。オレ達がこうやってみんなを探してどれくらい経ったかな」

「んんん……、結構長いこと探しとると思うなぁ。二時間くらいは経ってそうやけど」

「だよな。うん。じゃあどういうことなんだろ……」

 ヴィルは顎に手を当てて考え込む。
 朝にアメリを出て、雲行きが怪しくなったのは昼前だったはずだ。つまり、イリスを見つけたのもそのくらいの時間になる。
 そしてヴィルとイリス、それから浮輪のロープで繋がっていたシェスカとサキは渦に飲み込まれて、ヴィルとイリスは浜辺に打ち上げられていた。それから、先に目が覚めたイリスに起こされたわけだが。
 記憶が確かなら、その頃、日は高く昇っていた。丸々何日か気を失っていたなら話は別だが、イリス達と渦に飲まれてからそれほど時間は経っていない、ということになる。
 そして、今もまた、日が高く登っていた。
 となると、ひとつの仮説が浮かび上がる。だが、それは普通では考えられないことなのだ。

「ちょお、そっちで考え込まんといてぇな〜! どういうことなん?」

 ヴィルに倣って上を見上げながら、イリスは尋ねた。彼女の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。
 まだ確信があるわけではないため、「多分、なんだけど……」と一応前置きしてから、ゆっくり口を開く。

「オレ達が起きて、みんなを探してる間……いや、あの渦に飲み込まれてからかもしれないな。ひょっとしたら、その時から、時間が進んでない……と、思う」


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