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カツ、カツ、一定のリズムで鳴る足音。それと同じリズムで、揺れる身体。進んでいるのか、それとも風が吹いているのか、頬を風が撫でている。
「ここ、どこだろうね」
鈴の鳴るような、かわいらしい声。……セレーネのものだ。声が反響している。ここは、洞窟かどこか名のだろうか。セレーネはすぐ隣にいるのか、声が近い。
「さあな。外に出れば何かわかるだろ」
今度はサキの声だった。それはセレーネよりもさらに近いところから聞こえた。まるで……そう。背中にぴったりくっついているような……。
そこでシェスカ・イーリアスの意識は覚醒した。
「うわぁっ!?」
目を開けると、案の定サキ・スタイナーの背中に背負われている。
「起きたか」
振り返るサキの顔を見た途端、最悪だ、とシェスカは思った。彼女はサキが苦手なのだ。具体的にどうというわけではないが、顔がムカつく。その一言に尽きる。
「起きたから下ろして、早く!」
やれやれといった具合でサキは溜息を吐いた。適当に平たい足場の上に下ろされる。……うーん、一応ここまでおぶって貰っていたのだから、礼を言うべきなのだろうが……。シェスカは地面の感覚を確かめながら、サキを見上げる。相変わらずの無表情だ。
「…………」
「…………」
やっぱりムカつくからいいや。そう結論付け、セレーネに尋ねた。
「ここはどこ?」
「たぶんどこかの……洞窟?」
「それは見ればわかるわよ」
「気づいたらここにいたの。わたしたち」
どうやらセレーネもどうしてここにいるのかわからないようだ。状況を整理するべく、シェスカは気を失う前のことを思い浮かべる。
「確か……私たち、渦に飲み込まれたわよね? 女の子を助けようとして、ヴィルが飛び出して…………って、ヴィルは!?」
「いなかった。周辺も探したんだが、俺とベルシエルとあんただけだった」
「そんな……」
「とにかく、この洞窟を出るぞ。もしかしたら、外にはいるかもしれない」
「出るって、出口は?」
見たところ、この洞窟は薄暗く、あちこちぐねぐねした道が入り組んでいるようだ。潮のにおいがするので、近くが海につながっているのか、海水の溜まっている場所かどちらかがあるのだろう。けれど出口らしい目印は何もない。
「たぶん、あっち」
セレーネはそう目の前の道を指さした。
「一番あっちが臭くない」
「臭いって……」
くんくんと辺りのにおいを嗅いでみても、ただ磯臭いだけだ。
「行くぞ」
サキは短く言うと、セレーネの指した道をさくさく歩いていく。彼女もまた、それにひょこひょこと付き従う。こういった道に慣れているのだろうか、その足取りは軽い。
よくもまあ、こんなわけのわからない、どっちに進むのかさえ危ういような道をすいすい行けるものだと感心する。
じっくり見るとこの洞窟はなかなかに不気味で、雰囲気がどこかおどろおどろしい。水に濡れているのか、てらてらと光を反射している岩壁は、どこか内臓を彷彿させる。少し壁に手を置いたら、びくん! と蠢き出すかもしれない。さらにはところどころに落ちている何かの骨のような棒は、もしかしたらここにいた人間のもので、私たちは出られない袋小路に閉じこめられているのでは、とか、もしかして……もしかしたら……そういう人たちの怨念とかがここに集まっていて…………
「シェスカ」
唐突に名を呼ぶ声。思わず身体がびくりと跳ねた。
「――ひっ!? ゆ、幽霊とかお化けとかあるわけないじゃない! バッカみたい……!!」
「ゆうれい?」
セレーネはその言葉の意味がわからない、というように首を傾げる。
「ま、そういうのが出そうな雰囲気ではあるな」
セレーネに簡単に幽霊の説明をしたサキが、周りを見渡しながら言った。
「……ゆうれい、こわいの?」
「怖いのか?」
きょとんとした顔で聞いてくるセレーネに、相変わらずの真顔で問いかけてくるサキ。サキのほうに至っては真顔のくせに、「お前そんな見てくれと性格しておいて今更何言ってやがる」というような視線付きである。
「こわっ、く、ないし!! そもそもそんなの現実的な存在じゃないし、そうよいるわけないし……!!」
そう。魔法と同じだ。根拠のない噂に尾ひれが付いて一人歩きしてるだけ。そんなものは存在するわけがない。そうとも。いるわけがない。
「ねえ、サキ。あのひと足がないけどゆうれいかな?」
「さあ? 俺は見えないからわからん」
「あーあー!! 聞こえない!! なんっにも聞こえない!!」
せっかく気を逸らそうとしているのに! セレーネとサキの不気味な会話を聞かないように耳を塞ぐ。そうこうしている間にも、ふたりはさくさくと前に進んでいくのだから、シェスカは置いて行かれないよう、小走りで転びそうになりながらその後を追うのだった。
chapter.5-6
world/character/intermission