「なぁ、大丈夫なん? なぁって、なぁ!!」
誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない、女の子の声だった。頭がぼーっとする。あちこちに身体を打ち付けたみたいに、鈍い痛みが全身に広がっていた。
オレはどうして……、そう思い、ヴィルは思考を遡った。確か、船に乗っていた。ジブリールの……大魔石の代わりを取りに行くんだっけ……。それで……、そうだ。急に天気が悪くなって、変だなって思っていたら、海に女の子が浮かんでいたんだ。いかにも難破したみたいに、船の残骸みたいなのに掴まって、ぷかぷか浮いていて。それを助けようと飛び出した……ところまでは覚えている。それから、オレはどうしたんだ……? ああ、そんなことはどうでもいいくらいに、眠い…………。
「おきぃや! 寝たふりしとったら怒るでホンマに!!」
がくがくと肩を掴まれて揺さぶられている。それでも意識はまどろみの中に根っこを張って動こうとしない。
「あーもう! 『ばっしゃーんとやってまえ』!」
ふいにいやな予感がした。うん、シェスカが魔術を使う時ってこんな感じだった。魔力が高まって、ある一点に集中して……。
「《スプラッシュ》!」
顔面に大量の水が降ってきた。
「ぶはあっ!?」
降ってきた、という表現は正しくないかもしれない。ぶん殴られた、が正解。滝に顔だけ突っ込んだみたいな、そんな感じ。それから逃れるためにぐいっと身体を捻った。
「げほっ、ごほごほっ……!!」
「あ、起きた起きた! よかったぁー! やっぱ兄ちゃん生きとったんやんかー!」
「今死ぬかと思ったよ!!」
顔についた水をぶんぶんと振り払いながら、ヴィルは声の主へと抗議した。
「ごめんごめん。でもまあ、生きとったんやしアンタも起きたし一石二鳥やって!」
そう無邪気に笑うのは、ヴィルよりも少し年下の女の子だった。ミルクをたっぷり入れた紅茶みたいな色素の薄い茶髪に、よく日に焼けた小麦色の肌。ぱっちりした瞳に、にっと笑った時に見える八重歯。この訛りはは……おそらく西大陸のどこかの出身だろう。ハキハキとした話し方で、いかにも元気溌剌です! という少女だった。
「あ、きみ……!」
この少女は見覚えがある。さっき海に浮かんでた女の子だ。
「ん? あたしのこと知ってるん?」
「いや、さっききみを助けようとしてて……」
それから、どうしたっけ? どうしても思い出せない。周りを見渡してみる。ヴィルは砂浜に座っていた。右手には海、左手には森がある。周りには木片やらが散らばっている。どうも流れ着いたらしい。……おかしい。あの時、近くに島なんてなかったのに。
「あー、アンタもなんでここにおるんかわからん感じ?」
不思議そうに周りを見るヴィルに、少女は苦笑を浮かべつつ尋ねた。
「アンタも、ってことは、きみも?」
「あたし、ギルドの人らと船乗っててん。で、なんか天気悪ぅなってな。海がぐるぐるーって渦巻いて、それに多分飲み込まれてもうたんかなーっていうのはわかるんやけど……」
「気がついたらここにいた、っていうわけか……」
そういえば、その渦は見た気がする。浮き輪を掴んだ途端に、その渦に…………。
「あああ!!」
「うわ、なんやのん! 急に大声出さんといてぇな!」
「なあ、オレの他に誰も見てないか!?」
気を失う前に見た光景。確か、シェスカとサキも渦に飲み込まれていたと思う。それが正しければ、二人もまた、この近くにいなければおかしいのだ。しかし、少女はゆるやかに首を横に振った。
「見てへんわ……あたしも仲間探しとってんけどな、見つかったんは兄ちゃんだけやで」
「そ、っか……」
しょんぼりと二人して沈み込む。いや、こんな場合じゃない! ここは年長者なのだから、しっかりせねば! そう思い、ヴィルは口を開こうとしたとき、
「ま、落ち込んでてもしゃーないな! 探しに行こ! 兄ちゃん立てる?」
「あ、ああ!」
この少女はかなりしたたかなようだ。ぴょんと立ち上がると、ヴィルに手を差し伸べた。それをありがたく拝借して立ち上がる。少しふらっとしたが、何度か足を曲げ伸ばししたらそれもなくなった。うん、問題はなさそうだ。
「せや、名前聞いてへんかったよな? あたしイリスっていうねん!」
「オレはヴィル。よろしく!」
「ヴィル、な。覚えやすいわぁ」
「そっちもな」
二人はそう笑い合うと、ゆっくりと歩き出した。
chapter.5-5
world/character/intermission