chapter.5-5


「なぁ、大丈夫なん? なぁって、なぁ!!」

 誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない、女の子の声だった。頭がぼーっとする。あちこちに身体を打ち付けたみたいに、鈍い痛みが全身に広がっていた。
 オレはどうして……、そう思い、ヴィルは思考を遡った。確か、船に乗っていた。ジブリールの……大魔石の代わりを取りに行くんだっけ……。それで……、そうだ。急に天気が悪くなって、変だなって思っていたら、海に女の子が浮かんでいたんだ。いかにも難破したみたいに、船の残骸みたいなのに掴まって、ぷかぷか浮いていて。それを助けようと飛び出した……ところまでは覚えている。それから、オレはどうしたんだ……? ああ、そんなことはどうでもいいくらいに、眠い…………。

「おきぃや! 寝たふりしとったら怒るでホンマに!!」

 がくがくと肩を掴まれて揺さぶられている。それでも意識はまどろみの中に根っこを張って動こうとしない。

「あーもう! 『ばっしゃーんとやってまえ』!」

 ふいにいやな予感がした。うん、シェスカが魔術を使う時ってこんな感じだった。魔力が高まって、ある一点に集中して……。

「《スプラッシュ》!」

 顔面に大量の水が降ってきた。

「ぶはあっ!?」

 降ってきた、という表現は正しくないかもしれない。ぶん殴られた、が正解。滝に顔だけ突っ込んだみたいな、そんな感じ。それから逃れるためにぐいっと身体を捻った。

「げほっ、ごほごほっ……!!」

「あ、起きた起きた! よかったぁー! やっぱ兄ちゃん生きとったんやんかー!」

「今死ぬかと思ったよ!!」

 顔についた水をぶんぶんと振り払いながら、ヴィルは声の主へと抗議した。

「ごめんごめん。でもまあ、生きとったんやしアンタも起きたし一石二鳥やって!」

 そう無邪気に笑うのは、ヴィルよりも少し年下の女の子だった。ミルクをたっぷり入れた紅茶みたいな色素の薄い茶髪に、よく日に焼けた小麦色の肌。ぱっちりした瞳に、にっと笑った時に見える八重歯。この訛りはは……おそらく西大陸のどこかの出身だろう。ハキハキとした話し方で、いかにも元気溌剌です! という少女だった。

「あ、きみ……!」

 この少女は見覚えがある。さっき海に浮かんでた女の子だ。

「ん? あたしのこと知ってるん?」

「いや、さっききみを助けようとしてて……」

 それから、どうしたっけ? どうしても思い出せない。周りを見渡してみる。ヴィルは砂浜に座っていた。右手には海、左手には森がある。周りには木片やらが散らばっている。どうも流れ着いたらしい。……おかしい。あの時、近くに島なんてなかったのに。

「あー、アンタもなんでここにおるんかわからん感じ?」

 不思議そうに周りを見るヴィルに、少女は苦笑を浮かべつつ尋ねた。

「アンタも、ってことは、きみも?」

「あたし、ギルドの人らと船乗っててん。で、なんか天気悪ぅなってな。海がぐるぐるーって渦巻いて、それに多分飲み込まれてもうたんかなーっていうのはわかるんやけど……」

「気がついたらここにいた、っていうわけか……」

 そういえば、その渦は見た気がする。浮き輪を掴んだ途端に、その渦に…………。

「あああ!!」

「うわ、なんやのん! 急に大声出さんといてぇな!」

「なあ、オレの他に誰も見てないか!?」

 気を失う前に見た光景。確か、シェスカとサキも渦に飲み込まれていたと思う。それが正しければ、二人もまた、この近くにいなければおかしいのだ。しかし、少女はゆるやかに首を横に振った。

「見てへんわ……あたしも仲間探しとってんけどな、見つかったんは兄ちゃんだけやで」

「そ、っか……」

 しょんぼりと二人して沈み込む。いや、こんな場合じゃない! ここは年長者なのだから、しっかりせねば! そう思い、ヴィルは口を開こうとしたとき、

「ま、落ち込んでてもしゃーないな! 探しに行こ! 兄ちゃん立てる?」

「あ、ああ!」

 この少女はかなりしたたかなようだ。ぴょんと立ち上がると、ヴィルに手を差し伸べた。それをありがたく拝借して立ち上がる。少しふらっとしたが、何度か足を曲げ伸ばししたらそれもなくなった。うん、問題はなさそうだ。

「せや、名前聞いてへんかったよな? あたしイリスっていうねん!」

「オレはヴィル。よろしく!」

「ヴィル、な。覚えやすいわぁ」

「そっちもな」

 二人はそう笑い合うと、ゆっくりと歩き出した。



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