chapter.5-3


「なんだって!?」

「助けないと!!」

 ヴィルの叫びに甲板にいる全員が驚愕した。ヴィルの指差す方向には、遠くて人相までははっきりとわからないが、板きれに掴まっている少女が荒波に呑まれそうになっている。
 ヴィルは頭に乗せたゴーグルを下ろして、しっかりと目に固定すると、二、三回屈伸をした。うん、大丈夫。船酔いも一気に冷めたし、体も動く。

「ちょっと待ってヴィル!! 危ないわよ!! あんたこんな波の中泳いだことあるの!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!!」

「だから待っーー」

 ジャケットを放り投げ、シェスカの制止を無視してそのまま海の中へ飛び込む。どぱーん! と体が水に叩きつけられた。こんな荒れた流れを泳いだことなんてもちろん、泳いだことすら数えるほどしかないが、そこは出たとこ勝負ってやつだ。目の前のあの少女を、放っておけない。
 ヴィルは不器用に腕と足をばたつかせて、前に進む。水の中は何故かそこまで波の影響がなく、むしろ穏やかな程だ。少女のところへつくのにそう時間はかからないだろう。

「ああ、もう! 何やってんのよ!!」

「シェスカちゃん、浮輪浮輪!」

 ジェイクィズがロープに繋がれた浮輪を持ってきた。船員たちは帆を畳むのに必死で、シェスカたちを手伝う余裕はあまりなさそうだ。

「あっちよ! あっちに思いっ切り投げて!」

「あいよッ!!」

 ジェイクィズの投げた浮輪は、ヴィルのすぐ近くにぼちゃっと音を立てて落とされた。ナイスコントロール! と聞こえはしない賛辞を返し、ヴィルはそれに掴まった。そのまま少女の元へ泳いでいく。

「おい、きみ! 大丈夫か!?」

 少女の元にたどり着くと、軽く肩を揺らして声をかける。少女の年の頃は、恐らくヴィルよりも年下だった。小柄で、紅茶にミルクを混ぜたような、色素の薄い茶色の髪をしている。肌は日に焼けており、このような状況でなければ健康的な色をしているのだろうが、今の彼女の顔は青ざめていて、とてもいい状態とは言い難かった。

「う……」

 少女が小さく身じろいだ。よかった。まだ生きていることにほっと安堵する。ヴィルは彼女をぐっと引き寄せ、浮輪に掴まらせた。ロープをくい、と引いて合図を送る。
 服が海水を吸ってかなり重くなっている。浮くためにばたつかせている足が、泥の中を藻掻くような感覚だ。
 船の方を見る。遠くて少し見えにくいが、ジェイクィズたちがロープを引こうとしてくれているようだった。

「状況は?」

 扉を蹴り飛ばし、船室から出てきたサキ・スタイナーは開口一番にジェイクィズに問いかけた。

「遅っせぇんだよテメー!! 遭難者だ手伝え!!」

 顎で浮輪のロープを指す。それだけでおおよその状況を把握したのか、サキはシェスカの後ろについてロープを引くのに加わった。ぐいぐいとスムーズに引かれていくその感覚を感じて、シェスカはさらに引く手に力を込めた。

「待ってサキ! 海、なんか変ッ!!」

 それまで成り行きを見守っていたベルシエルが、ふと何かに気づいたように声を上げた。

「ベル?」

「なんだこれッ!?」

 サキがベルシエルのほうを向こうとしたのとほぼ同時に、ヴィルの困惑した声が響く。


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