chapter.5-2



「シェスカと話したいなら、中に入ったら?」

「話したいわけじゃないから、いい」

「じゃ、オレ様とオハナシしよーよベルちゃ〜ん!」

「名前。勝手に呼ばないで」

 そう言うとベルシエルはぷいっとそっぽを向いてしまう。話しかけるな、という意思表示なのだろう。それでもこの場を離れないのは、やはりシェスカのことなのだろうか。それにしても、そうまでして彼女を気にする理由がわからない。

「恋敵とでも思ってるんじゃねーの?」

 タバコに火をつけながら、ジェイクィズが言った。

「恋敵ぃ?」

「ホラ、ベルちゃんあの無表情野郎大好きだから。ムカつくけど」

「そういう感じじゃないと思うんだけどなぁ……」

 どこか遠くを眺めているベルシエルの横顔を見る。恋愛などしたことはないが、ベルシエルのそれは違う。少なくともジェイクィズの言うようなものじゃない。
 何なのだろうか、一体。歯に挟まった繊維みたいに頭の隅に引っかかる。

「水持ってきたわよ〜! ……ってどうしたの妙な顔して? さっきより気分悪くなったとか?」

「あ、いや、なんでもない。ありがとう」

 船室から戻ってきたシェスカから、グラスを受け取って一気に飲み干す。わざわざ冷やしてきてくれたらしく、冷たいものが喉をスッと通るのが心地よい。

「結構顔色よくなったみたいね。よかった」

「へへへへ、おかげさまで」

 心配してくるシェスカに笑いかけつつ、ちらりとベルシエルのほうを盗み見た。やはりこっちを見ている。こうまでわかりやすいと、監視されてるみたいでちょっと嫌な感じだ。
 二人とも互いを気にしているわけだし、いっそのこと同じ場で話し合うのがいいんじゃないだろうか。ヴィルはそう思い、ベルシエルに声をかけようとした、その時だった。

「なーんか、あっちのほう雲行きが怪しくなってないか?」

 そうジェイクィズが指したのは、ちょうど船の進行方向にある、空にぽかんと浮かぶ黒い塊だった。雷も鳴っているのか、時折ピカッと稲光が走っている。

「うわー……ホントだ」

 目を凝らしてよく見ると、その雨雲はどんどん大きくなっていた。あの下は嵐になっているのだろう。気付けば強い風がこちらにも吹き付けてきていて、マストをぎしぎしと揺らしていた。

「真っ暗ね……あそこを通るとなると、真下じゃないにしても結構揺れるんじゃないかしら」

「うげ、まじかよ……これ以上揺れんの……?」

「っていうか、なんか近づいてきてねェ?」

 ジェイクィズの言葉通り、真っ黒な雲はどんどん大きくなって、さらにはものすごい速さで近付いて来ているように見えた。さっきまで晴天だった空に、どんよりとした灰色が侵食してきている。

「――――あれ、だめ」

「うわっ!?」

「ひゃっ!?」

 ぐい、と短い声とともに上着のフードを引っ張られる。振り返ると、いつの間に後ろに立ったのかベルシエルがいた。ヴィルのフードを引っ張る反対側の手では、シェスカの長い髪の毛をくい、と引いている。

「な、なに? いきなり髪引っ張らないでよ」

「あれはだめ。早く中に入って――――」

 ベルシエルがそう言い終わらないうちに、誰かの叫ぶ声がそれを遮った。

「おい! アレ!!」

 船員のものだった。彼は仲間を手招きして、海の方を指している。

「どうしたんですか?」

 ヴィルは彼らに駆け寄って尋ねた。

「これ、船の破片だよ。嵐でやられたかもしれないな」

 そう言って、船員のひとりが海に浮かぶ木片を指差した。他にもロープや、樽のようなものがどんどんこちらへ流されてきている。
 上を見上げると、あの真っ黒な雲はちょうどヴィルたちの乗る船の真上にまでやってきていた。びゅう、と強い風が吹いて、船体がぐらりと傾いた。船縁に掴まってなんとか体勢を立て直すと、船員たちは帆を畳むべく慌ただしく動き回り始めていた。

「君達、早く中に入るんだ。この船はかなり頑丈だから、そう簡単にはぶっ壊れないが、ここにいるとかなりヤバいぞ」

「そ、そうですね……」

 確かに甲板にいると吹っ飛ばされそうだ。もう一度海の方へ視線をやる。さっきよりも波がうねって、流れてきた船の破片たちが呑まれていく。
 そんな中にひとつ。他の破片と違うものがあった。
 遠くて見えにくいけれども、人の形をしているような…………。

「――!! 人だ!! 人が流されてる!!」


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