「えっと、確かヴィル、だったわよね? さっきは助かったわ、ありがとう」
深い溜め息とともにブラウニー亭を出ると、先程の少女が扉の横でヴィルを待っていた。
「きみ、急いでたんじゃなかったっけ?」
彼が支払い云々をしている間にどこかにいなくなっていたので、少し驚きだ。
そう言うと、少女はひどく心外そうな顔をした。
「お金を稼ぐ時間はなくても、あなたにお礼を言う時間くらいはあるわよ。
ま、その目的は果たしたし、私は行くわね。それじゃ、いつか必ずお金返しにくるから」
「あ、そういえばきみ、遺跡に行くんだっけ。オレも行くよ」
「はあ!?」
そういえばヘカテのおつかいのことをすっかり忘れていた。
ヴィルがそう言うと、彼女はひどく驚いた様子で詰め寄ってきた。
どことなくその表情には焦りのようなものが浮かんでいる。
「あなた聞いてた? 私は今、あなたに別れの挨拶をしたわけなんだけど」
「だってあそこ、結構凶暴な魔物出るし、女の子一人じゃ危ないだろ?」
「平気よ。ついてこないで」
「オレも遺跡らへんに用事あるし」
「…………」
少女はくるりと身を翻すと、すたすたと歩き始めた。数メートルほど歩くと振り返り、一言。
「行かないの?」
眉間に皺を寄せて、怒っているような表情だ。
「いいのか?」
「言ったでしょ、急いでるって。行かないなら一人で行くわよ」
「待っ、行くってば!」
駆け足で少女に並ぶと、ふと彼女の名前を聞いていないことに気付いた。
少女も同じことを思ったらしく、表情を和らげて、
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はシェスカ。シェスカ・イーリアスよ」
「オレはヴィル・シーナー……って知ってるか。よろしくな」
「ええ。よろしくね」
そうしてヴィルは意気揚々と町の外へ足を踏み出した。
空を見上げると、こちらは晴れているのに、遺跡のある森の向こうが薄黒くなっている。
「帰る頃には降りそうだな……」
ぽつりと零した独り言に、少女――シェスカは「そうね」と返してくれた。
chapter.1-06
world/character/intermission