chapter.1-06


「えっと、確かヴィル、だったわよね? さっきは助かったわ、ありがとう」

 深い溜め息とともにブラウニー亭を出ると、先程の少女が扉の横でヴィルを待っていた。

「きみ、急いでたんじゃなかったっけ?」

 彼が支払い云々をしている間にどこかにいなくなっていたので、少し驚きだ。
 そう言うと、少女はひどく心外そうな顔をした。

「お金を稼ぐ時間はなくても、あなたにお礼を言う時間くらいはあるわよ。
 ま、その目的は果たしたし、私は行くわね。それじゃ、いつか必ずお金返しにくるから」

「あ、そういえばきみ、遺跡に行くんだっけ。オレも行くよ」

「はあ!?」

 そういえばヘカテのおつかいのことをすっかり忘れていた。
 ヴィルがそう言うと、彼女はひどく驚いた様子で詰め寄ってきた。
どことなくその表情には焦りのようなものが浮かんでいる。

「あなた聞いてた? 私は今、あなたに別れの挨拶をしたわけなんだけど」

「だってあそこ、結構凶暴な魔物出るし、女の子一人じゃ危ないだろ?」

「平気よ。ついてこないで」

「オレも遺跡らへんに用事あるし」

「…………」

 少女はくるりと身を翻すと、すたすたと歩き始めた。数メートルほど歩くと振り返り、一言。

「行かないの?」

 眉間に皺を寄せて、怒っているような表情だ。

「いいのか?」

「言ったでしょ、急いでるって。行かないなら一人で行くわよ」

「待っ、行くってば!」

 駆け足で少女に並ぶと、ふと彼女の名前を聞いていないことに気付いた。
少女も同じことを思ったらしく、表情を和らげて、

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はシェスカ。シェスカ・イーリアスよ」

「オレはヴィル・シーナー……って知ってるか。よろしくな」

「ええ。よろしくね」

 そうしてヴィルは意気揚々と町の外へ足を踏み出した。
 空を見上げると、こちらは晴れているのに、遺跡のある森の向こうが薄黒くなっている。

「帰る頃には降りそうだな……」

 ぽつりと零した独り言に、少女――シェスカは「そうね」と返してくれた。




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