chapter.1-05


「で、何で食い逃げなんてしたんだい?」

「お金がなかったから」

 そうフランカに問われると、少女はまるで何事もないかのように答えた。ものすごい度胸である。
そういう度胸はすごいのだが、なにぶんオレの後ろに隠れているもんだから、おばさんの殺気がぐさぐさとオレにも刺さってきて正直迷惑だ。

「じゃあ、働いてでも返してもらうからね!!」

「本当に申し訳ないと思ってるわ。でもそれはできないの。私、急いでるから」

「はぁあああぁあああぁん!?」

 火に油を注ぐとはこのことか。フランカは至近距離で鬼のような形相をして舐めるようにガンを飛ばす。
「ひっ」と短い悲鳴が後ろから聞こえてきたが、怖いのはとばっちりを食らっているヴィルのほうだ。
 フランカを怖がってはいるものの、少女は少女で引き下がれないらしい。切迫した声で彼女に訴える。

「だから、長い間ここにいるわけにはいかないの! お金は返したいのは山々だけど、急いで遺跡に行かなくちゃ……!!」

「まだ言い訳するのかい!? いい加減にしないと、本当に怒るよ!!」

「言い訳なのはわかってるわ! でも早くしないといけないの!」

「早くしないとだとか急いでるとか言ってるけど、何をそんなに急いでるんだい!? 金を返す時間くらいあるんじゃないのかい!?」

「あー、もう! わからない人ね!! その時間がないから食い逃げしたんじゃないの!!」

「開き直るんじゃないよ!!」

「開き直んなきゃやってらんないでしょーが!!」

 ヴィルを挟んで二人の言い合いはどんどん加速していく。それも酷い方向にだ。
オレは思いっきり息を吸い込んで、


「だ―――ッ!! ストップ!! 二人とも!!」


 ぴたり、と二人がこちらを見て静止する。
正直やりたくはないが、少女も何かしら理由があるようだし、この場を丸く治めるにはコレしかないだろう。

「オレがそれ、払うよ。おばさん、それでいいだろ?」

 そう言うと、おばさんは目を丸くして、

「…いいのかい、ヴィル? 赤の他人じゃないか」
「この娘困ってるみたいだし、放っておけないよ。それに、このままじゃ埒があかないだろ?」

 ちょうどこの間ヘカテから小遣いという研究費をもらったばかりだ。先月の研究費も貯めてあるから充分足りるだろう。
 彼の行動に驚いたのはフランカだけではなく、もちろん件の少女も同じようだった。くい、と袖を引っ張られたので振り返ってみると、先程言い合いをしていたときとは一転、申し訳なさそうな困惑した表情でヴィルを見つめていた。

「……その、あなたは関係ないのに、巻き込んでごめんなさい」

「いいって。気にしなくていいよ」

「……気にするわよ」

「じゃあさ、今度パルウァエに来たら、その時に返してくれよ。オレ、あっちの道具屋に住んでるからさ」

「……それで、いいの?」

「もちろん」

 そう言うと、少女はそれまで険しかった表情を和らげ、ふわり、と笑い、言った。

「ありがとう」

と。
 その笑顔は、今まで見てきた中で、一番愛らしい笑顔だった。



「で、おばさん、お代いくら?」

「全部で6000ガルだよ」

(※1ガル=日本円で10円です。)

 先々月分の研究費も貯めておいてよかったと、心の底から思った瞬間だった。



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