chapter.4-23


「おはようございます。寝ぼすけさん」

 柱の影から現れたその声の主を、アリスティドは知っている。世界で二番目に嫌いな奴だからだ。
 長い、毛先だけピンクに染めたツインテールと、他の連中より大きな魔石が埋め込まれた黒い鎧。
 その姿が視界に入るだけで不愉快だ。ギリ、と奥歯をぐっと噛み締めた。

「……ルインロス」

「お久しぶりですね、アリスティド。あのお方が嘆いてましたよ?」

 ルインロスは涼しげな笑顔でにっこりと微笑む。ああ、気持ち悪い。彼女の薄っぺらな笑みは反吐が出るほど嫌いだった。
 黙っているとルインロスはコツコツと踵を鳴らしてこちらのほうへ歩み寄り、アリスティドを見下すように目の前で立ち止まった。

「『アリスちゃんは能力はすごいのに、どうしてだめなのかしらぁ?』って」

 ぐいっ、と。ルインロスに頭を掴まれて無理やり上を向かされた。わざと指を立てて掴んでいるのか、刺々しい鎧が食い込んで、鈍い痛みが襲う。

「――まあ、自らの役目を忘れて、余計な真似をする脳みその足りない、いえ、脳みそ空っぽの無能で無脳ですもんね、貴方は。くすくす!」

「ッ……人のこと言えねェクセに……っのクソババア……!」

 アリスティドがそう吐き捨てると、ルインロスは関心をなくしたように彼の頭から手を離した。

「今まで何人の同胞をダメにしてきた? 何十年……いや、何百年『アレ』を追ってる? そのクセ一回も手に入れられてねェじゃんよ?」

 彼の中の何かが、堰を切ったかのように口からどんどん溢れ出してくる。
 そうだ。アリスティドの父親も、友達も、エヴェリーナの両親も、皆ルインロスの下に就き、そして身も心もボロボロになった状態で帰ってきた。喋れない、何も感じない、ただそこにあるだけのモノに成り果てて。それなのに、ルインロスはそうなっていない。今もこうして傲慢で五体満足でアリスティドの目の前に立っている。

「親父たちみたくなりたくねェから手ぇ抜いてんだろ? それとも何か? アルダの心地よさにうつつを抜かして、役目を忘れてんのそっちじゃねェのか」

 よ、と。続けようとしたが、それはガシャン! という音に遮られた。ルインロスがアリスティドの顔面横ギリギリのところに蹴りを入れた音だ。鋭い鎧が当たって頬にいくつか筋を作るように切り傷が出来ている。じわりと熱が篭り、生温かい血が流れていく感覚が気持ち悪い。

「口の利き方には気をつけなさい」

 ルインロスは何の感情もこもっていないような瞳でアリスティドを見下ろしている。その瞳と視線がかち合った、瞬間。腹に鈍い衝撃が走る。

「私が剣を振るうは、我がサン=ドゥアがためです。私欲を持ち込んで無暗に掻き回して無様に失敗して無能を晒してるのは貴方でしょう?」

 ドスッ、ドスッ。ルインロスが何度も彼の顔を、腹部を、肩を、脚を蹴り上げる。鎧の硬いブーツが内臓を抉っているような錯覚に陥りそうだった。彼女が蹴り上げる度に、自分の口から何度もカエルが潰されるような呻き声が漏れる。


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