chapter.4-13


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「さて、何から話そうか?」

 ヴィルとシェスカが来客用のソファへ座り、トールが紅茶を給仕し終えたのを確認すると、ルシフェルは自分の椅子に腰掛けてそう切り出す。

「局長、私達は一度席を外します。部屋の外におりますので、話が終わり次第お声掛け下さい」

 これ以上この場にいるべきではないと察したのだろうか。サキは居座ろうとするジェイクィズの首根っこを掴み、ベルシエルを促しながら部屋を出て行こうとした。が、

「っと、待った」

 というルシフェルの声に足を止めた。

「サキくんもジェイクィズくんもここに残ってね」

「何故です?」

「君たちに関係のある話だからさ」

 サキはまだ納得のいっていない様子だったが、彼の上司はただ笑みを浮かべるだけで、今はそれ以上答えるつもりはない、と言外に示しているようだった。
 根負けしたようにサキは軽く息を吐くと、ジェイクィズから手を離してそのまま扉の横の壁へともたれかかった。それに倣うようにベルシエルもサキの隣に並ぶ。解放されたジェイクィズはというと、嬉々としてシェスカの座るソファへやってきて、その背もたれに腕を置いた。

「話の腰を折ってすまないね。……さ、何から聞きたい?」

 ルシフェルは居住まいを正すと、ヴィルたちの方へ視線を戻す。シェスカは軽く頷いてから、まっすぐ彼を見据えて唇を開いた。

「『器』と『鍵』について。ヴィルのお師匠さまがあなたのほうが詳しいって」

「オーケー。ヘカテからは特に何も聞いていないんだね」

「はい。……えっと、『器』の中身はこの世の理を覆すもので、『鍵』は形あるものですらどうかわからない……ってことくらいしか」

 と、今度はヴィルが答える。ルシフェルはなるほどね、と呟くと、座ったままぐっと伸びをした。

「んー、じゃあ軽くお勉強からいこう。君たちはこの世界以外にもうひとつ、別の世界があることを知っているかい?」

「この世界以外……? いや、世界は世界だろ?」

 いきなり突拍子もない話が来るとは思っていなかったので、かなり困惑した。この世界以外という単語にいまいちピンとこないのだ。
 何せ生まれてから今まで、自分が生きてきたのは紛れもなくこの世界ひとつだけだ。この生きている場所、大地、それがそのまま世界という定義であると認識している。
 それはシェスカも同じようで、ヴィルと同じくルシフェルの言葉をどう解釈するべきなのか戸惑っているようだった。
 しかしルシフェルはそんな二人を気にせずどんどん話を進めていく。

「もうひとつの世界では、この世界はアルダと呼ばれてる。
 昔々、その世界はこのアルダと元は一つの世界だった。しかし神によって分けられてしまったのさ」

「あの……宗教的な話なら今は……」

 まるで教会の説法だ。ヴィルがそう感じた頃、困ったようにシェスカが口を挟んだ。けれど彼は気にも留めない。

「そうして生まれた世界の名前は『サン=ドゥア』。そこに住まう者たちは、その昔悪さをしたから、神によってそこに隔離されたわけ。
 けど、それを良しとしなかった彼らは悪魔を従え、邪悪な魔なるものとして、何百年もの間、このアルダへと侵攻しようとしている」

 ルシフェルはそこでようやく言葉を止めると、ゆっくりとした所作でシェスカを指差した。

「その侵攻の『鍵』になるのが、その『器』の中に入っているモノだよ」

 その声は静かな部屋に、重く響く。

「待って……。待ってください……! いきなり世界がどうとか、話が広がりすぎでしょう?」

 そう返すシェスカは、どういう反応をしたらいいのかわからない、というような表情をしていた。膝の上で握られた拳は、微かにだけれど震えている。

「それにおかしいじゃない。そんなものが人間の身体に入ってるなんて……!」

「そうだね。普通じゃない。おれが嘘を吐いていると思うならそれも結構。けど、君はきっと、自分が普通じゃないってわかっているんじゃないかな?」

「そ、それは……!」

 シェスカはぎゅ、と強く拳を握りしめた。無意識か、それとも震えを隠そうとしたのか、ヴィルにはわからなかった。

「あの、さっき言ってた悪魔ってなんなんだ?」

 俯くシェスカの代わりに、気になっていた質問を投げかける。

「簡単に言うなら、さっきまでは死んでいたはずの魔物が急に蘇る。動かないはずのモノが動き出す。はたまた、穏やかだった人間が、急に人が変わったように凶暴になる。その原因が『悪魔』だ」

 それまでずっと黙っていたサキが答えた。

「悪魔は視覚的に捉えることはできない。実体がないからな。だが、何かに憑依することによって力を発揮する。それこそがあの蘇る魔物の正体だ」

 と、いうことは、シェスカと出会った時に遭遇したデカいカエルや、ジブリールを襲っていた木々は悪魔に憑依されていたということになるのだろう。

「そして、それを従え操るのが魔族と呼ばれる種族さ。報告書にあったヴァラキアやアリスティドたちはいわゆる魔族だね。
 ……それにしてもなんだいこれ? 簡潔なのはいいけど、魔族の女の子が可愛かったとか報告書に書いちゃダメだよ」

 そう付け加えながら、ルシフェルは眺めていた紙束をぽいっとその辺に放り投げる。「ちょっ、オレの報告書の扱い!」と、不服そうにジェイクィズが声を上げた。

「でも、どうしてシェスカを狙うんだろう? そんな悪魔なんて力があるなら、それを使って侵略しちゃえばばいいのに」

 率直な感想を言うとこれだ。そんな大きな力があるなら、シェスカに入っているとかいう特別なモノを使う必要なんてない。

「そりゃあアレだ。シェスカちゃんが可愛いから」

「ジェイクィズは黙ってて」

 茶化すジェイクィズを、顔を上げたシェスカが睨みつけた。窘められた彼は大袈裟にしながらしょんぼり煙草を咥えたが、「ここは禁煙だよ」とルシフェルにトドメを刺され、さらにがっくりと肩を落としていた。
 そんなジェイクィズを無視して、サキが口を開く。

「悪魔と魔族の関係は完全な協力関係じゃない。互いに互いを利用しているんだ。
 悪魔はヒトの負の感情によって力を増大させ、より大きな存在になろうとしている。本来魔族が従えられるモノじゃない」

 うんうん、とそれにルシフェルは満足気に頷いた。

「サキくんの言う通り。悪魔の使い方を誤ると、彼ら自身自滅してしまう。だから侵略なんて大々的な行為に悪魔を使えない。自らが飲まれて化け物になってオシマイってこと。
 だからそれに代わる力が欲しいんだよ」

 彼はここで一度区切ると、「何か質問はあるかい?」と問いかけた。

「さっきからはぐらかしてるけど、その力って一体なんなんだよ?」

 そう、さっきからアレだのソレだの、誰も明確にその『力』を呼んでいないのだ。まるで隠し事をされているようで、あまりいい気分がしない。それはシェスカも同じらしく、ヴィルの言葉に小さく頷いている。
 ルシフェルはそんな二人の様子を見て、勿体振るようににっこりと微笑んでから話を切り出した。


「『賢者の石』って、知ってるかい?」

 と。



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