「彼女は何者だい?」
真紅のマントの男がノワールに問いかけた。
「『器』だってさ」
「何の?」
「そこまでは僕ら知らないよ。ただ、」
ノワールはオペラグラスを覗いたまま、それに応える。
「むかしむかし偉大な錬金術師は、とても偉大な物質を造り出した」
異なる場所にいたブランもまた、偶然か必然か、ノワールと同じ言葉を発していた。
「それは卑金属を金属へと変え、」
「あらゆる魔術を授け、」
「不老不死の力を与えるだろう」
一言一句違わぬそれは、古い言い伝えだ。彼ら兄弟はそれを最愛の姉から教わった。
「あらゆる魔術を授ける――言うなれば、奇跡。つまり、」
マントの男が信じがたい、と眉根を寄せる。
「「願いを叶える物質」」
双子は再び異なる場所で声を揃えた。
「確かに、喉から手が出るほど欲しいな。そんなのが実在するなら」
ブランは鎧の少女に茶化すように言う。
「実在しているからこそ、その言い伝えが残っているのでしょう? 火のないところになんとやらってヤツです」
少女は涼しい笑顔でそう返した。
「その言い伝えが確かだったとしても、私には関係ないさ」
マントの男もまた、静かに語る。ノワールはようやくオペラグラスから顔を離し、目を丸くしながら彼を見る。
「あれ、意外だね」
「人の願いというのは際限がない。欲望というのは膨れ上がり続け、満たされることはない。
願いを叶える物質が本当だったとして、いずれそれが、我が国を、我が民を脅かすならば、私は彼女を殺すよ。――王として」
マントの男――アメリの王、オグマは背筋がぞっとするような微笑みを浮かべ、ジブリールのその奥、『器』がいる方を見つめていた。
「でも、あの魔術師さんがホントにあんたらが探してる『器』なの?」
俺らが会ったのは普通の女の子だったよ、とブランはそう鎧の少女に尋ねる。
「しばらく行方を眩ませていましたが、アレは間違いなく『器』です。
……今度こそ必ずこの手に掴む。――我らがサン=ドゥアのために。モルニエの名にかけて」
鏡の中の魔術師を潰すように、鎧の少女――ルインロス=モルニエはトゲトゲした拳を握りしめた。
chapter.3-43
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