chapter.3-43


「彼女は何者だい?」

 真紅のマントの男がノワールに問いかけた。

「『器』だってさ」
「何の?」
「そこまでは僕ら知らないよ。ただ、」

 ノワールはオペラグラスを覗いたまま、それに応える。

「むかしむかし偉大な錬金術師は、とても偉大な物質を造り出した」

 異なる場所にいたブランもまた、偶然か必然か、ノワールと同じ言葉を発していた。


「それは卑金属を金属へと変え、」

「あらゆる魔術を授け、」

「不老不死の力を与えるだろう」

 一言一句違わぬそれは、古い言い伝えだ。彼ら兄弟はそれを最愛の姉から教わった。

「あらゆる魔術を授ける――言うなれば、奇跡。つまり、」

 マントの男が信じがたい、と眉根を寄せる。

「「願いを叶える物質」」

 双子は再び異なる場所で声を揃えた。

「確かに、喉から手が出るほど欲しいな。そんなのが実在するなら」

 ブランは鎧の少女に茶化すように言う。

「実在しているからこそ、その言い伝えが残っているのでしょう? 火のないところになんとやらってヤツです」

 少女は涼しい笑顔でそう返した。

「その言い伝えが確かだったとしても、私には関係ないさ」

 マントの男もまた、静かに語る。ノワールはようやくオペラグラスから顔を離し、目を丸くしながら彼を見る。

「あれ、意外だね」

「人の願いというのは際限がない。欲望というのは膨れ上がり続け、満たされることはない。
 願いを叶える物質が本当だったとして、いずれそれが、我が国を、我が民を脅かすならば、私は彼女を殺すよ。――王として」

 マントの男――アメリの王、オグマは背筋がぞっとするような微笑みを浮かべ、ジブリールのその奥、『器』がいる方を見つめていた。


「でも、あの魔術師さんがホントにあんたらが探してる『器』なの?」

 俺らが会ったのは普通の女の子だったよ、とブランはそう鎧の少女に尋ねる。

「しばらく行方を眩ませていましたが、アレは間違いなく『器』です。
 ……今度こそ必ずこの手に掴む。――我らがサン=ドゥアのために。モルニエの名にかけて」

 鏡の中の魔術師を潰すように、鎧の少女――ルインロス=モルニエはトゲトゲした拳を握りしめた。


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「見えない臓器の名前は」
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