朝一番に師匠であるヘカテから素材集めを言い渡され、つい先程帰ってきたばかりでとにかく腹が減っていたヴィル・シーナーは、よく行く食堂へと向かっていた。
食堂はアルキュミアからすぐ近くにある、『夢見るブラウニー亭』というよくわからないネーミングの宿に併設されている。
ブラウニー亭の女将フランカの料理が人気で、昼夜問わず住民の憩いの場になっており、彼もその住人の一人だ。
「あーもう、ししょーのバーカ!! 年増!! 若作りー!!」
「まァたヘカテさんと喧嘩したのかい?」
「そーなんだよ、聞いてくれよフランカおばさん!」
昼食時より少し遅い時間のおかげか、食堂内の人は少なく、ヴィルの声がよく響いていた。
「そりゃ、師匠にはいっぱい迷惑かけてるけどさぁ…」
数年前のことだ。孤児として路頭に迷っていたところを師匠――ヘカテに拾われたのだ。
そして錬金術に出会い、今に至る。彼にとってヘカテは、親であり目指すべき道を示してくれた師でもある。
多大な恩を感じていないわけがない。時には理不尽にしばき倒されもするが。
「それがわかってんなら、真面目にやることさね」
「真面目にやってるよ! ……でもなーんか失敗ばっかするんだよなぁ」
ここ最近、彼はどうも不調だった。
やることなすこと全て裏目に出たり、些細なミスが大失敗に繋がったり、黒猫が目の前を三往復ぐらい横切ったり、何もないところですっ転んだり。とにかく調子が悪い。
フランカおばさんはそんなヴィルを横目に見つつ、食器を拭きながら溜め息を吐いた。
「そんなに造り出したいモンなのかい? 『賢者の石』ってのは?」
「当たり前だろ? 錬金術師最高の到達点だよ?」
『賢者の石』。錬金術師なら誰でも一度は、その手で造り出してみたいと願う物質だ。もちろんヴィルもその一人である。
どんな魔石よりも魔力を溜め込み、まったく素養がなくても魔術が使えるようになったり、不老不死の効果を与えたり、金属を卑金属に変える。
今まで誰もその錬成に成功しておらず、言い伝えだけが残っている伝説の代物だ。
それに成功したなら、将来遊びまくっても有り余るほどの成功者になれるだろう。
「あー……金がそんなに欲しいのかい?」
「そりゃ、研究費用ならいくらでも欲しいけどさー……」
そうじゃない。と口の中で呟いた。
べたんとカウンターに突っ伏してみる。目を閉じると、何故か真っ白な光景が脳裏をよぎっていた。
「……オレは、真理が知りたいだけだよ」
「?」
ぼんやりとその光景を辿る。白い街、足早に歩く大人達…なぜか懐かしくもあり、忌々しい光景だ。
そこまで辿ると、ようやく自分に眠気が襲いかかっているのだとわかった。
chapter.1-02
world/character/intermission