「レオンハルト、ロゼ隊を急がせろ」
『り、了解です!』
別の場所でこちらの様子を監視させていたレオンハルトは、今の状況をある程度わかっている。すでにロゼ隊への連絡を入れようとしていたところだったようだ。気弱だが優秀な奴だ。一番最初にヴァラキアたちの存在に気付き、それをサキに知らせたのは彼だった。
『熱き刃、汝を刈り取り、灰と化せ! “フレアルクス”!!』
こちらが通信をしている間に、シェスカは早口で詠唱を済ませると、少年を貫いた木の魔物――このタイプは通称トレントともいう――に向かって魔術を放つ。現れた赤々とした鎌が、トレントを真っ二つに両断し、切断面から炎が巻き起こる。
彼女はそこまで見届けると、すぐさま倒れている少年に駆け寄った。
「ヴィル! 聞こえる!? ヴィル!!」
「ひでぇな、こりゃ」
彼を直視したジェイクィズは珍しくそう漏らした。ひゅう、ひゅう、とかろうじて息はあるようだが、このままでは失血が多くてすぐに死んでしまうだろう。――ロゼ隊は間に合いそうにもないか。
「傷を焼いて止血すれば……」
「フツーの人間にんなことしたら、ショックでむしろ死んじゃうって」
「黙って気が散る!!」
アシュリーとジェイクィズを一喝すると、シェスカはヴィルの傷にそっと手をかざす。傍から見てもわかるほどの集中だ。彼女の魔力が、ブレスレットを介して淡い光となり、傷口に注ぎ込まれる。
『集え清浄なる光、彼の者に癒しを』
シェスカの魔術は確かにヴィルの傷を徐々に徐々に塞いではいくものの、それを上回る早さで血が流れ出している。シェスカは詠唱に詠唱をさらに重ねていくが、完全に塞がる気配はない。
「治癒魔術でもダメなのか……」
ジェイクィズがぼそり、とこぼした時だった。
『ああ、もう! つべこべ言わずに治れって言ってるでしょ!』
半分ヤケになったのだろうか。シェスカが思い切りそう叫んだ。すると、ほんの一瞬だけ、今までで一番強い光が、ヴィルを包む。
まばゆい光が収まった頃、彼の腹に穿たれていた穴は不恰好ながら塞がっていた。
「――い、今の……」
「シェスカちゃんやったネ!」
「え、ええ」
汗を拭いながらシェスカは ジェイクィズに微笑んで見せた。どこか釈然としていない様子で。
「サキ」
くい、と袖が引かれる感覚に振り返ると、ベルシエルがじっとシェスカを見つめていた。小さく、サキだけに聞こえるように呟く。
「今の、魔術じゃなかった」
「やっぱりか」
さっきの魔術が発動したときのシェスカの言葉は詠唱じゃない。おそらくは苛立ちから来た独り言のようなものだ。
「……“魔法”か?」
「ちょっと違うけど、似た感じした。あの子は気付いてないと思うけど」
ベルシエルがこう言うということは、あのシェスカ・イーリアスという少女は、どうも只者ではないらしい。もしかしたら、さっきの“魔法もどき”が、ヴァラキア達に追われている原因なのか――
サキは思考をそこで一度止めて、周囲の気配を探る。感じる、小さいがたくさんの禍々しい気配。あの蜘蛛たちは次の獲物を品定めしている最中のようだ。
「落ち着いたところで申し訳ないが、安心するのはまだ早いぞ」
そう言いながら、サキは周囲を伺いながらシェスカらの方へ歩み寄った。少しだけ安堵した様子のシェスカの顔がまた険しいものに変わる。
「どういうこと?」
「ここにいる木ども、さっきそいつを突き刺したみたいに、また動き出す」
「操ってた少女はもういないはずですが……」
アシュリーは首を傾げつつ、棍を構え直しながら尋ねてきた。
「さっきヴァラキアが蜘蛛をばら撒いただろ。あいつが動かしてる。
この量がこっちを殺しにかかるんだ。そいつをここから運び出すのにも骨が折れるぞ。止血して傷が塞がっても、そいつが危険な状態なのは変わらない」
淡々と語るサキに、苛ついた様子でシェスカは確認する。
「……要するに、ヴィルを助けるには、その蜘蛛をなんとかすればいいのね?」
「ああ。蜘蛛さえ殺せば、ただの木に戻る」
「あの中からちっこい蜘蛛見つけて叩き殺せって?」
「そうなるな」
「無茶言うぜ……」
やれやれ、とジェイクィズは溜息混じりに肩を竦めた。
「わかったわ」
「えッ!? シェスカちゃん?」
「しばらく集中させて。私に攻撃が来ないように。そんで、出来るなら私から離れた蜘蛛を減らして欲しいの」
「何をするつもりだ?」
「私の魔術で、全部まとめて倒すわ」
真っ直ぐ見据えてくるその瞳は、怒りで静かに燃えていた。
chapter.3-38
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