「…っ!?」
次にくる衝撃に備えてセレーネはぎゅっと目を閉じた。暗くなる視界。その中で聞こえた、彼女の待ち望んでいた声。まるで一条の光のように思えた。
『影縛、チェイン』
アリスの影から何本もの鎖が伸びる。アリスはまた拘束を引きちぎろうともがくが、その前に後頭部に冷たい鉄の塊が何者かによって突きつけられた。
「次から次へと……! 今度は誰だよッ!?」
「昨夜は俺が世話になったようだな」
淡々としたその口調に、アリスは心当たりがあった。しかし、あり得ない、殺したはず、しくじったのか、それよりもエヴェリーナを、と頭の中がぐちゃぐちゃになる。冷たい汗が背中を伝った。
「そういえば、お前が入隊してからまともに挨拶したことはなかったな」
――当たり前だ。無理矢理潜入したんだからな。
アリスはぎり、と血の味がするほど口を噛み締めた。
「ジブリール第一分隊隊長、サキ・スタイナーだ。歓迎するぞ。アリスティド・モロー」
アリスティドが首をあまり動かさないように振り返る。背が高い男が立っていた。黒い不揃いな髪が光を受けて青く反射している。
そこには傷一つついていない、サキ・スタイナーが怜悧な瞳で見下ろしていた。
「サキ!」
その姿を確認すると、セレーネは嬉しそうに声を弾ませた。今にも抱きつきそうな勢いで彼に駆け寄る。
サキはちらりとその姿を確認すると短く、
「無事だな。ベルシエル」
とだけ声をかけて、またアリスティドへと視線を戻した。
「うんっ」
名を呼ばれたことがまた嬉しくて、ベルシエル・セレーネは満面の笑みを浮かべて頷いた。
アリスティドはそんな様子に反吐が出ると言いたげに眉をしかめる。
「何? ガチで生きてたわけ? 首落としたってのに? バケモンかよ」
「部屋にいるからといって、本人であるとは限らないぞ。次から闇討ちする時はよく確認するんだな」
「……アンタ、いつから気付いてたんだよ」
「シェスカ・イーリアスの情報が入った途端、妙な動きがあったからな。わかりやすくて助かる」
サキは更に銃口をアリスティドの頭に押し付けた。カチリと弾が装填された音に、彼の身体をがびくりと動いた。
「魔力弾だ。このまま放っても肉体には傷はつかない。…同等の痛みは感じるがな。まだ抵抗するか?」
「当たり…前、だろうが!!」
アリスティドが思い切り暴れると、魔術の鎖にヒビが入っていく。そこまで強度のあるものではない、と確信したらしい彼はそれを勢いよく引きちぎった。
「まったくどいつもこいつの縛るのが好きなんだなテメーらはよォ!」
そのまま勢いに乗り、正面にいるベルシエルへと殴り掛かる。
「くったばれぇええぇえええぇ!!」
彼女はそれをとても冷たい瞳で、どうでもいいことのように眺めていた。そして小さな溜め息を一つ。
「馬鹿の一つ覚えって、こういうののことだよね、サキ」
アリスティドの拳がベルシエルに当たる、その寸前。
先程までアリスティドの後方にいたはずのサキが、いつしか間に入るように彼の前へと立ち塞がっていた。
驚きで瞳を大きく見開くアリスティド。そんな彼の額に銃口を押し付けて、
「そうだな」
静かにその引き金を引いた。
chapter.3-31
world/character/intermission