chapter.3-30


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 急に魔物の動きがおかしくなった。セレーネはアリスの攻撃をかわしつつ、視界の端でちらりと様子を見た。
 どうやら何かしらの方法で魔物を燃やしたらしい。炎がちらついている。恐らくはサキの部下――確かアシュリーという名前だった――の魔術か何かだろう。

「よそ見してんじゃねーよ!!」

「っ、しつこい!」
 
 しかし少しでも隙を作ると、アリスから容赦ない拳撃が飛んでくる。彼女は苛つきながらそれをかわす。

『貫いて! クラルテランス!』

 セレーネの周囲に何本もの光の槍が現れる。彼女がアリスへと指を向けると、それらは踊るように彼へと襲いかかった。
 その全てが彼の胴を、頭を、ぐさぐさと貫く。それをしっかり確認し、セレーネは腕を下ろす。

「どこ狙ってんの?」

 背後から声が聞こえた。咄嗟にナイフをかざしながら振り返る。軽い感触。背後へ跳躍するアリス。その顔は不敵に笑っている。
 またか、とセレーネは奥歯を噛み締めた。先程から攻撃があいつに当たらない。変わり身の術か何かでひたすらかわされているのだ。こいつには用はないというのに、と苛立ちがさらに募る。

「邪魔っ!」

 追撃するように三本のナイフを奴めがけて投げた。しかし、アリスの姿は霧散するように掻き消え、行き場のなくなったナイフはその霧をすり抜けていく。直後に腹部に走る鈍い衝撃。

「っぐ……!」

 嘔吐感をなんとか抑えて、セレーネは瞬時に魔力を練り、彼女をすっぽりと覆う球状の魔力の壁を作ると、それを一気に拡げた。

「おわッ!?」

 魔力障壁に何かがぶつかる。そしてそこから、姿は見えないがアリスの声が聞こえた。そこまでわかればセレーネには充分だ。

「見つけた」

 すぐさま再び魔力を練り、今度はそれをリボン状に具現化させる。

『ブロキュス』

 見えないアリスに向けてそれらは蛇のように巻きつき、宙吊りにする。逃げられると面倒なので、ぎちぎちと思い切り締め上げておいた。こうして見ると、以前本か何かで見たミイラ男とかいうものを思い出す姿だ。
 しばらくすると苦しげな声が漏れ出して、見えなかったアリスの姿が徐々に現れてきた。逆さまになっているせいか、頭に血が上って顔が赤くなっていた。

「ク……ソッ! なんだこの魔術……!? 解けねえ……!」

「ねえ、あなたは何をしに来たの? これ以上サキに何かするつもりなら、このまま潰しちゃうけど、いいよね?」

 セレーネは静かに問いかけてはいるが、その瞳は氷のように冷めている。彼女にとって、アリスの答えなど全く興味がないのだ。今のセレーネにとって重要なのは、早くアリスを黙らせて、サキを探しに行くことだけだ。

「は、誰が言うかよ、バーカ!!」

「そう」

 溜め息のように吐息を漏らすと、更に締め上げる力を強くした。喋る気がないのなら口を開けておく必要はない。うるさいだけだ。セレーネはリボンを操りアリスを完全にぐるぐる巻きにしようとした、その時だった。

「エヴェリーナッ!!」

 アリスが急にそう叫んだ。彼の視線を追うと、魔物のせいで林のようになっている先、もう一人いた彼の仲間のケモノ少女が、ゴーグルの少年――そういえば名前を知らない――に殴られていた。そのままケモノ少女――エヴェリーナは崩れ落ちる。うまく気絶させたらしい。周囲の魔物が完全に機能を停止していく。
 ほんの一瞬だったが、その様子に気を取られていたセレーネは気付かなかった。

 アリスがセレーネの拘束を引きちぎって抜け出したことに。

「うぜえんだよ!!」

 すぐ近くから聞こえた声にハッとする。振り向いた先にはアリスの黒い手甲が禍々しいまでの魔力を纏い、目の前に迫っていた。


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