chapter.3-29


「同じ手はもう通じない!」

 リーナの怒号とともに、木の魔物たちは壁を作るようにヴィルの前に立ち塞がった。人ひとり通る隙間などない。
 しかし、ヴィルは強く地面を蹴って、魔物たちに向かって走り出した。

「固まってくれてむしろサンキュー!!」

――おかげでこっちの細工はあの子には見えていない上に、的が大きくなった!
 彼は自分で精一杯の不敵な笑顔を作りながら、思いっきり右手を振り上げた。

「あれは……、ロープ?」

 シェスカの視界に白く線を描くものが見えた。しゅるしゅると伸びたそれは、ヴィルがセレーネに運ばれた時のロープだ。そしてそれが、ぼっ、と燃え始めたのだ。

「アルコール染み込ませたヤツなら、よ〜っく燃えるだろ!」

 鞭のようにしなるそれを、魔物の葉っぱ部分目掛けて放り投げる。運良く二体の魔物の枝に引っかかり、次々に引火していった。

「っしゃ!」

 魔物たちは火を消そうと、自らの枝を振り乱したり、あるいは地面に叩き付けていたりしているが効果はなく、余計に激しく火が燃え上がっていくだけだった。
 ヴィルはさらに、火の燃え移った枝を魔物から折って、別の魔物へと投げつけた。そうしているうちに、次第と魔物たちの動きは緩やかになり、動かなくなっていった。

「え、な……っ? 魔術の気配なんてなかったのに……!?」

 次々と動きを止める魔物たちに動揺を隠せないようで、リーナはゆるゆると、信じられない、と言わんばかりに首を振った。

「なんで……!? 言うこと聞いてよ!! お願いだから、リーナの言うこと聞いて!!」

 リーナの悲痛な叫びも、魔物たちには届いていないようだ。彼女は地団駄を踏みながら、なおも叫び続けた。何故だかそれがあまりにも痛々しく見えて、ヴィルは思わず固まってしまった。
 その隙に拘束が緩んだらしい。いつしか隣にシェスカが立っていた。手には長い棍状の棒を構えている。

「気を抜かないで。何があるかわからない」

 その言葉にハッとして、ヴィルは改めて剣を構えた。

「どうなってるんだ?」

「どうもこうも、あの少女を止める絶好のチャンスってこと以外にあるかしら?」

 糸が解けるように、シェスカの姿が頭からするすると変化していく。そしてあっという間にジブリールの軍服を着た別の人物の姿へと変わっていた。彼女の燃えるような赤毛には見覚えがある。シェスカと出会ったあの日に会ったジブリール隊員だ。

「あんた、確か……」

「アシュリー・ガーランド。あまり驚かないのね」

 アシュリーはちらりと一瞬だけリーナから視線をヴィルにやった。それを受けてヴィルは少し苦笑する。

「シェスカにしては他人行儀だし、戦い慣れしてる感じだったから、なんとなくわかってたよ」

 その答えを聞くと、アシュリーはふっと笑みを返した。

「とりあえず魔物を一掃するわ。あなたは休んでて構わないわよ」

「手伝うってば! あの時助けてくれたお礼!」

「そう? 心強いわねっ!」

 アシュリーはそう言い終わらない内に地面を強く蹴り出す。それに気付いたリーナは、はっとして、威嚇なのだろうか、その獣のような手足の毛を逆立たせた。
 アシュリーの動きも素早いが、リーナの動きもまさしく獣のそれだった。先程まで二本の足で立っていたが、今では腕を前に下ろし、前足のような状態になっている。

「なんでみんなアリスとリーナの邪魔するのッ!?」

 鋭い爪がアシュリーに襲いかかる。彼女はそれを棍棒で受け止めた。リーナは完全に頭に血が上っているようだった。力では完全にリーナのほうが上だ。受け止めたアシュリーの足が音を立てて後ずさる。

「そっちこそ、どうして魔物をばら撒いたりしているのかしら?」

 額に汗を浮かべてアシュリーが問う。彼女がちらりとこちらを見た。ヴィルは彼女の言わんとすることを理解する。こくん、と頷くと出来るだけ気配を消して走り出した。

「お前達にわかるもんか!!」

「……ッ!」

 思い切り振り下ろされたリーナの爪が棍をミシミシと抉っていく。もうすぐ折れてしまうだろう。
 急いでリーナの背後へと回り込む。自分よりも小さい女の子に剣を向けるのはとても心が痛いが、致し方ない。

「痛かったらごめんっ!」

 そう叫んで、ヴィルは鞘をつけたままの剣を振り下ろした。




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